高校で初めての中間テストが終わった。
残されたのは、1学期での一大イベント、体育祭。
6月に行われ、終わると同時に期末テスト、そして、待望の夏休みが始まる。
あたしも絵摩ちゃんも聖羅ちゃんも、特に部活には入っていなかったので、体育祭は、自由競技で参加する事になっていた。
「ねえー、大輪花。体育祭、自由競技、何やるー?」
聖羅ちゃんが、半ばだるそうに言う。
あまり乗り気な行事ではなさそうだ。
見るからに運動神経が良さそうで、実際、体育の授業でも、それなりに活躍はしているから、てっきり楽しみにしているかと思ってたのだが、意外だった。
「あたしは、みんなで一緒のやつやりたいなぁ」
絵摩ちゃんが、いつものようにニコニコしながら言う。
「あたし、あまり運動得意じゃないから、何でもいいよ」
「そっかぁ。大輪花、見かけによらず、運動はあんまりだもんねぇ」
「えっ、聖羅ちゃん、それどうゆう……」
「そだよねぇ。じゃあさ、帰りにマックで話し合おー」
絵摩ちゃんの一言で、みんなが笑顔になった。
下校のチャイムが鳴り、駅まで行く途中のマックに、あたしたちは寄り道をした。
あたしは、心から、笑えている気がした。
心から、楽しいと思えた。
ずっと、ずっと、こんな風に、友達と過ごしてみたかった。
マックでの、他愛もない話。
放課後、ゲーセンでプリクラを撮ったり、カラオケに行ったり。
何でもない、普通の高校生の風景。
こんな生活が、ずっと、理想だった。
「卓球は?あまり難しくなさそうだけど」
「ピンポンかぁ。あたしはバスケしたかったんだけどさぁ」
「でも、バスケは、バスケ部が出るんだもんね?」
「そうなんだよねぇ。まあ、ピンポンでもいいけど。二人も当然、一緒でしょ?」
「もっちろん♪てか、聖羅がコーチだよねぇ?」
「あたし以外誰がやるのよ」
あたしたちは、その聖羅ちゃんの言葉で、大爆笑した。
そんな時でも、あたしは、相良くんの事が、引っ掛かっていた。
先日見た、あの不自然な光景。
意味深な、彼のあの顔。
その後、彼は、相変わらず学校に来たり来なかったりを繰り返していたが、中間テストの日だけは、ちゃんと来ていた。
そして、何故か、あたしが前にあげたシャープを、いつまでも使っていた。
テストを受けなければならない、理由でもあるのかな…?
授業は受けたり受けなかったり、適当なのに、テストだけはきっちり受けるなんて。
勉強をどうでも良いと思ってるわけでもなさそうだし、だとしたら、あんな成績取れるわけないし…。
益々、謎は深まるばかりだ。
あたしと彼は、あの時以来、言葉も交わしていなければ、目を合わせる事も、ドジをする事もなかった。
彼は心なしか、あたしを避けているように見えた。
あたしだけじゃない。他の誰にも、深入りはしていないようだった。
彼の取り巻きの女子達にも、そっけない態度だったし…。
「大輪花?」
聖羅ちゃんに呼ばれ、ハッと我にかえる。
「どうしたのよ?ボーッとしちゃって」
「えっ?あ、ううん、なんでもないの」
慌てて、平静を装うとした。
が、聖羅ちゃんには、全てお見通しだったようだ。
「何か考え事してたでしょー。また、相良の事?」
図星をつかれ、飲んでいたシェイクを吹き出しそうになる。
「あっ、ビンゴー。大輪花、わっかりやすっ」
「…聖羅ちゃん、エスパーか何かなの…?」
「エスパーって。大輪花はすぐ顔に出るから、わかりやすいんだって」
こんなに明るい友達ができて、なんて幸せなんだろう。
絵摩ちゃんは、横で会話のやりとりを聞いてただけなのに、なぜか爆笑している。
「…聖羅ちゃん、あたしね…」
「んー?」
「…あまり詳しくは今は話せないけど…中学の時、友達いなくて…。だから、今、すごく、嬉しいし、幸せなんだ…」
「大輪花………」
聖羅ちゃんは、多少びっくりしたように目を見開いてあたしを見たが、すぐにいつもの調子に戻って言った。
「そっかぁ。話したくないなら、ムリに話さなくてもいいんじゃない?今はさ」
意外なその言葉に、あたしは思わず驚きを隠せなくなった。
正直、こんな話をしたら、引かれるのでは…と、心配で、怖かった。
でも、聖羅ちゃんと絵摩ちゃんには、ちゃんと知っておいて欲しかった。
二人を、心から信頼していたし、これからもそれを変えたくない。
変わらないでいるためにも、あたしという人間を、知っておいてもらう必要があった。
「人間なんだから、色んな事があるもんよ。過去に何があろうと、大輪花は大輪花じゃん?今は、あたしたちの大事な友達なんだから」
「聖羅ちゃん……」
「あっ、あたし今、何気に良い事言ったね。ちょっとトイレー」
嬉しすぎて涙ぐんでいるあたしを軽く小突いて、聖羅ちゃんは席を立った。
あたしたちの会話をずっと横で見ていた絵摩ちゃんが、聖羅ちゃんが見えなくなった後、突然ぽつりと口を開いた。
「大輪花。……聖羅もね、中学の頃、大輪花と似たような目にあってたんだよ」
「えっ?!」
あたしは、意外すぎて、開いた口が、塞がらなかった。
あの、快活で明るい、聖羅ちゃんが?
でも…、あたしと同じって、どういう事だろう?
あたしは、イジメられていたとは、一言も二人には告げていない。
なのに、同じ目、とは…?
数々の疑問が頭をよぎっている時、絵摩ちゃんがふふっと微笑みながら言った。
「…大輪花、イジメにあってたんでしょ?」
「え…………」
「あっ、言いたくないなら、ムリに言わなくていいの。ごめんね」
「ううん。大丈夫。過去の話だし。でも、なんでそれを……」
「なんとなくね。ピンときてた。だって、南中なんて遠いとこからわざわざ一人で来てるし。おな中の人達と、会いたくなかったからでしょ?」
うう………確かに…。
絵摩ちゃん、鋭いなぁ。
図星をつかれ、何も言えずにいるあたしに、絵摩ちゃんは続けた。
「似てるんだ…。大輪花って。聖羅が、守ってあげたかった子に…」
「え?それって、どうゆう……」
そこまで話していた時、戻ってくる聖羅ちゃんの姿が見えた。
「っと。この続きは、また今度話すね。あの子、自分の事、勝手に話されるの、すごく嫌うから…。ごめんね」
「ううん。あたしこそ、色々聞いちゃって…」
とあたしが言っている間に、聖羅ちゃんが席まで戻ってきた。
「なぁにー?二人で秘密の話?」
「やだなぁ、そんなんじゃないよぉ。ねっ、大輪花?」
「あっ…うん。そうそう。体育祭の競技の続きの話しててさ」
「ふーん。で、やっぱりピンポンで決定?」
「そだねー。それか、バドミントンにしよっかって言ってたトコー」
「そっかぁ。バド部って、今、部員少なくて、一般参加も受け付けてるんだっけか」
「そうなんだよねー。ねっ、大輪花はどっちが好き?」
「うーん、あたしは、バドミントンの方が…」
「よっし!倍率高そうだけど、明日エントリーしてみっか」
絵摩ちゃんの機転の利いた咄嗟の切り返しのお陰で、あたしたちが何を話していたのかは、聖羅ちゃんに知られる事はなく済んだ。
絵摩ちゃんは、聖羅ちゃんの目を盗んで、あたしに、パチッとウインクした。
絵摩ちゃんて、のほほんとしてそうで、ホントは、すごく洞察力が高い。
全て見透かされている気がした。
怖い、というよりは、何も語らなくても、ちゃんとわかってくれている事が、たくさんある。
聖羅ちゃんは、すごく正義感が強くて、何にでも一生懸命。
猪突猛進で、脇目もふらないところが危なっかしいけど、その均衡を、これまたボーッとしたあたしが取っている。
とても、良い関係だと思った。 
そんな、明るくてムードメーカー的な存在の聖羅ちゃんの、過去に何があったんだろう…?
気になって仕方なかったが、絵摩ちゃんが言うように、時が来ればわかるだろう。
誰にだって、話をしたくない事はあるものだ。
あたしも、時が来たら、二人には全てを話そう。
あたしが、なぜこんなにも、恋に臆病なのかも。
人付き合いが苦手で、取り残されがちなのかも。
全てには、理由が、ちゃんと存在する。
焦らないで、ゆっくり待ってみる事にしよう。
「どした?大輪花。さっきからニヤついてるけど」
「えっ、そう?」
聖羅ちゃんに言われて、初めて自分の表情に気づく。
なんか、怪しい人みたい…。
「でもまっ。辛気臭い顔してるよりはマシだね」
「聖羅〜。言葉悪いってぇ」
「だってホントの事じゃんか」
「そりゃ、そうだけどさ」
「…でも。どんなに辛気臭い顔してても、あたしが明るくしてやるから大丈夫!」
聖羅ちゃんは、満面の笑みをあたしに向けてくれた。
この笑顔に、あたしはいつも元気づけられる。
「でさぁ、大輪花、気になってたんだけど…」
「ん?何?」
聖羅ちゃんが、珍しく真顔になって、あたしに尋ねる。
「相良に、何かされたりしてない?」
「え?何か、って?」
「必要以上に話しかけられたり、意地悪されたり…」
「…?そんな事、されてないよ?」
「はぁ〜。なら、良かった。大輪花、相良の事、ホントのとこ、どうなの?」
「えっ?どうって……。……怖そうで、ちょっと苦手…かな」
恋かもしれないトキメキが芽生えている事は、言わずにおいた。
あたし自身が否定したかったし、聖羅ちゃんに知られてはいけない、と、直感的に、感じた。
「そか…。大輪花、相良には、くれぐれも気をつけなよ。何かされたら、すぐ言いなよ」
「うん、わかった」
聖羅ちゃんのただならない態度が気になったけど、あたしはふたつ返事をした。
何故、聖羅ちゃんがここまで、相良くんにこだわるのか…。
その理由は、後に、知る事になるのだった。

家では、あたしの寄り道をあまり気にしていない様子の楽天的な母が、夕飯を準備してくれていた。
「ねぇ、大輪花」
「ん?何?」
「あんた、高校入ってから、明るくなったねぇ。毎日、楽しいみたいね」
「うん。良い友達もできたし。毎日が楽しいよ」
「だから、通学に一時間もかかっても、毎日張り切って行くのね」
あたしは、その言葉に笑顔で返した。
母は、あたしが中学の時に、最も支えてくれた大事な親。
苦しみも悲しみも、全てをわかってくれた。
だから、今の高校に進学すると決めた時も、反対せずに応援してくれた。
本当に、感謝している。
色んな人に支えられて、今のあたしがいるんだ。
その時に、ふっと、また相良くんが頭をよぎった。
彼には、支えてくれる人は、誰かいるのかな…?
仲良さそうな人達といるのはよく見るけれど、誰とも一線引いて付き合っているような気がする。
なのに、あの時、ペンを拾うのを手伝ってくれたのは、何故…?
あたしに、あんな笑顔を向けてくれたのは、何故…?
あの時の彼は、すごく屈託のない、少年のような顔をしていた。
あれ以来、あんな顔は、見ていないけれど…

「どうしたの?何か、考え事?」
お母さんに言われて、ハッと我にかえる。
「あっ、ううん。何でもないの」
あたしが笑顔を作ってそう返すと、お母さんはホッとしたように、微笑みをあたしに返した。