夢開く大輪の花

「あんたもワルいよねぇ、ツカ」
「誰のせいだと思ってんだよぉ。オレだって、好きでやってるわけじゃねーよ」
「知ってるわよー。でも、なかなかの名演技じゃない?アイツ、本気にしちゃってるっぽいしぃ」
「そうなんだよなぁ。結構マジでぶっちゃけ参るわ」
「そりゃそーでしょ」
そう言って、声高らかに笑う女子達。
あの声………目立ちたがりグループの子達のじゃ……?
それに、あの、男子の声。
聞き慣れた、低くて、若干甘い、あの声………。
嫌な予感がした。
背筋を冷たい衝撃が走って、凍りついたようだった。
……まさかね。そんなわけ………。
あたしは、一縷の望みをかけて、それでも、恐る恐る扉の内側を覗いた。
そこにあった光景に、思わず我が目を疑った。

…そこにあったのは、目立ちたがりグループの女子達と、紛れもなく、大塚くんの姿だった。

あたしが見ている事に気づいているのかいないのか、楽しげに会話をする彼女達。
「ねー、ひょっとして、チューとかしちゃった?」
「やめろよ、気持ちわりぃ。マジ勘弁だわ。つか、LINEだけでもキモイのに」
「えー?どんなLINEしてんの?見たいー」
笑いながら、バカにした口調で、彼女達は楽しそうに話す。
あたしは、足がガタガタと震えだした。
大塚くんは、ためらう様子もなく、携帯を見せびらかしている。
…うそ……………。
ショックだった。
その場から一刻も早く立ち去りたかったが、足が動かない。
まるで、鉛の重りでも、くくりつけられたかのように。
信じたくはなかったけれど、次の、彼女達の会話で、真実を知る事になった。

「コレ、もう少し続けてよ。そしたら、一週間でプラス2000円ね」
「げっ。安くね?てか、今日アイスおごれよー」
「あぁ、ハイハイ。賭けはツカの勝ちだからねぇ」

…………賭け?
………そうか…………。
あたしは、ハメられていたんだ。
イジメを受けるような、ネクラなダサい女が、クラスの人気者を好きになるのか。
あたしは、賭け事の、ネタにされていたんだ……。
………バカみたい…………。
考えてみれば、こんな都合の良い事、あるわけないよね。
まるで、ヒーローみたいにあたしの前に現れて、優しくして、好きにさせるだけさせて……。
あたしは、滑稽だ。
なんて、浅はかだったんだろう。
結局、彼は、あたしの事なんて、好きでも何でもなかった。
ただ、賭けのネタにして、笑いの種にしてたんだ……。
あたしは、フラフラと、その場を立ち去った。
ペンケースの事など、その時は、頭から抜けていた。
図書室に寄り、鞄を取ると、一目散に家に帰った。

バカみたい、バカみたい。
あたしは、何も知らずに、ただ浮かれていた。
恋の幸せに、勝手に浸っていた。
全てが偽善だとも知らないで。
あたしは、最高のカモだったろうな。
どおりで、彼は何もされないわけだよね。
自分が、情けなくて仕方なかった。
家に着くと、親とも顔を合わせないまま部屋に行き、携帯を取り出した。
彼をブロックし、全ての会話を削除した。
一緒に撮った、写真も、全部を、葬り去った。

初恋だった……。
人を好きになるって、こういう感覚なんだ……。
そんな、淡い幸せに、酔いしれていた。
それなのに………。

削除しながら、涙が目からとめどなく溢れ、手と携帯に零れ落ちた。
優しかった、大塚くん。
あんな扱いを受けたのは、生まれて初めてだった。
女で良かった、生きてて良かった。
学校に休まず通って、良かった。
そう、感じていた。
その想いが、気持ちが、完全に否定され、挙句、笑いの種にされていた。
イジメを受ける以上の、苦痛だった。


翌日から、あたしは、大塚くんを無視した。
誰とも口を利かず、いつもの日常に戻った。
いつもの、ただ、イジメを受けるだけの存在に。
どうせ、これも卒業するまで。
あたしは、その時ハッキリ、志望校を確定させた。
誰も、ここから行かない高校に行こう。
誰も、こんなあたしを知らない高校に。

これが恋だというのなら、もう、二度としたくない。

こんな、切なくて、虚しい気持ちを味わうのは、もう、たくさんだ……。


だから、相良くんに対するあの気持ちが、恋心であっては、困るのだ。
もう、二度と、期待はしないと、決めたのだから。


気づけば、周りは薄暗くなり、肌寒い風が吹きはじめていた。
病院からの帰り道、あたしは、苦い思い出と共に、家路についた。