彼女は、最初はビクビクしていた。
当たり前だな。
こんなヤツとは話慣れてないんだろう。
でも、あながち嫌そうな風でもなかった。
だからオレは、こんな無理難題を要求してみた。
彼女がペンケースごと、ひっくり返した時。
率先して拾ってやった。
もちろん目の前で起きた事だし、ほっとけない気持ちも多少はあったが、狙いがちゃんとあった。
「なあ、これ、オレもらってもいい?筆記用具なくてさ」
一種の賭けだった。
これで拒絶されるか、それとも受け入れられるか。
その分かれ道だな、と思っていた。
ここで引かれたら諦めよう。
でも、彼女は引かなかった。
「うん、いいよ」
快く、オレにそれをくれた。
そこでオレは確信した。
―可能性は、ゼロじゃない。
オレは、その可能性に、賭けてみたくなった。
かといって、自分のスタイルを変えるわけじゃない。
ちょっとだけ、近づいてみるだけだ。
あくまで、彼女が警戒しない程度に。
その距離はとても微妙で、絶妙でなければならない。
が、聖羅が仲良くなってくれたお陰で、オレには可能性がもっと開けたように感じた。
良かった。アイツが仲良くなってくれて。
オマケの湯浅は、まあどうでもいいが。
聖羅はオレをちゃんとわかってくれてるから。
そう、思っていた、が、現実は、そう甘いもんじゃなかった。
大輪花はオレを警戒してるみたいだし、それは聖羅に釘をさされているせいだろう。
まあ、聖羅は中学の時の「あの事」を知ってるから、余計だろうな。
あの子には悪い事をした。
悪気はなかったんだ。
ただ、同じ臭いがするかな、と思ってちょっと近づいただけだった。
男は何もしなくても寄ってくる。
それもそのはずだ、ちょっとした名の知れた、変わり者の所にはいつも変な輩がついてまわる。
その輩に巻かれる事が嫌だった。
だからあの子に近づいた。
そうしたら、わけのわからない女子達が、あの子を徹底的にやってしまった。
アイツらは何なんだ。
オレは殆ど面識のない奴らばかりだったが、一人二人、知っている顔がいた。
小学校からそいつらも一緒で、何故かオレの周りにいつもいた女達だった。
バレンタインにチョコをもらっても、卒業式に花をもらっても、何にもオレには響いて来なかった、むしろ、ウザくてどこかに消えてしまわないか、と思っていたくらいの奴らだった。
しかし、奴らは何を勘違いしたのか、オレを「物」として崇め始めた。
全くもって迷惑な話だった。
オレの心をなんだと思っている?
お前らの思い通りになんて、オレの心は動かせない。
そう思ってわざと突き放していたのに。
その喧嘩のようなやり取りが、周りから見たら仲が良さそうに見えたのかも知れない。
何て皮肉だ。
お陰であの子は、学校にも来れなくなっちまった。
何回か授業のノートを届けに行ったが、彼女の親に門前払いを食らってしまった。
だからオレは、それ以降、聖羅にその子を託した。
そんな訳で、オレは聖羅にちょっとした借りがあった。
今回も、そいつらが絡んでるから、と警戒したのも無理はない。
なんでか、そいつらはオレがこの高校に進学すると聞きつけ、同じ高校を受けやがった。
何だっていうんだ、全く。ストーカーかよ。
迷惑だってのがまるでわかっていない。
そんな奴らに良い顔をする気もない。
幸か不幸か、聖羅の彼氏がそいつの兄貴と知り合いでがっつり言ってくれたおかげで、その子はなんとか救われた。
が、まだ油断はできない。
アイツらは姑息だから、何をしてくるかわからない。
オレも、その事は心配だった。
けれど、苦しんでいる大輪花を見た時、オレは放ってはおけなかったんだ。
まるで、自分を見ているみたいで。
あんなに小さい体で、必死に痛みや苦しみに耐えて。
病気は違うけれど、なんだか急に他人事に思えなくなったんだ。
だから、オレは迷わず大輪花を抱きかかえた。
そして、気づいたら保健室に向かっていた。
周りがざわついてるのは気づいていた。
でも、そんな事に構ってる余裕も暇も、オレにはなかったんだ。
この、小さい体を、一刻でも早く楽にしてやりたい。
医者を目指す身としても、一人の男としても、放っておけなかった。
それがアイツらに知られる事になるのは、時間の問題だって事くらい、わかっていたはずなのに。
それでも、オレは、大輪花を救いたかった。
何もできなくても。
保健室に着き、ベッドに横たわらせると、先生が不意にオレに言った。
「彼女?」
オレは、顔が赤くなるのがわかった。
「まだそんなんじゃないっすよ…」
「まだ、って事は、その子の事、好きなんだね」
「なんでそんな事」
すると先生は、少しからかうように、オレに言った。
「って事は、キミの事、理解してくれる人かもしれないね。少しは楽になるんじゃない?」
確かにそれはあるかも知れなかった。
オレの周りでオレの身体の事を知っているのは、限られた先生と親だけだ。
その他の奴らは、誰も知らない。
それはそれで何も聞かれないし楽だったけど、不安になる事も寂しくなる事もある。
それに、孤独だった。
もしかしたら、大輪花も、孤独なのかも知れない。
いや、そうなはずだ。
でも、彼女は望んで孤独を選んでいる。
そんなところも、オレと同じだと思った。
オレは何かできる事はないかと、教室に戻り、彼女の机の中を見てみた。
何にもできなくても、弁当を届けたり、鞄を整理する事ぐらいはできるはずだ。
案の定、机の中には、弁当が入っていた。
それと、小さなポーチを見つけた。
何だろう。薬でも入ってんのかな。
悪いとは思ったが、中をそっと開けた。
彼女の病気の事を知りたかった。
それでオレに今、何ができるか知りたかったんだ。
何もできる事はないかも知れないけれど、医者のタマゴとしては、目の前の「患者」について知る事は大切だ。
中を見ると、大量の痛み止めが入っていた。
なんだ、コレ…。
随分と強い薬使ってるじゃねぇか。
こんなに悪いのか?
そしてそれと一緒に見つけたのは、強めの精神安定剤。
…なるほど。
何となく、わかってきた。
アイツ…婦人科悪いんだな。
オレは咄嗟にそう判断してしまった。
その読みは、当たっていたのだが、それは後に知る事だった。
それらを持って保健室に戻ると、先生がなにやら準備をしている所だった。
「ああ、ちょうど良かった。ちょっと、留守番しててくれない?」「はっ?」
「私、ちょっと会議出ないといけないのよね。ホントはここ、鍵かけて行こうと思ってたんだけど、一人寝てる子いるから、心配で。だから、ちょっとだけ様子見ててくれたら助かるの」
先生はそうオレに言うと、軽くウインクをした。
オレはかぁっと顔が熱くなった。
先生は気を利かせてくれたつもりなんだろうが、大きなお世話だ。
でも、これで少しは距離を縮められる、と期待している自分がいる事も、事実だった。
先生が去った後、オレは彼女の様子を少しだけ、見に行ってみた。
カーテンを開けると、無防備に寝ている大輪花が、そこにいた。
その無垢な寝顔を見ると、思わずキスしてしまいそうになった。
あまりに可愛らしくて、あまりに無防備すぎて。
男から、雄になる瞬間を、必死に堪えた。
まだ、汚してはいけない。
それは、きちんとオレが彼女に想いを伝えた後にしよう。
そう、思ってぐっと我慢した。
なんだか卑怯な気がしたからだ。
オレはカーテンを元のように閉め、先生のデスクに腰かけ、ケータイをいじって時間を潰す事にした。
どうせクラスでは問題児扱いだ。
授業をフケたところで、あまりオレに支障はない。
後で適当なヤツにノートを見せてもらえば良いだけの話だ。
それよりも、今はアイツの事が心配だった。
目を覚ましたのは、午後の授業が始まってちょうど半ばくらいの頃だった。
オレは弁当を彼女に渡し、同時に薬のポーチも渡した。
持っていた方が安心するだろう。そう思ったからだ。
その時、オレは思ったんだ。
コイツを、治してやりたい。
せめて、こんな強い痛み止めと、安定剤を、同時服用しなくても良くなるくらいまでに…。
オレは、そんな医者になる。
そう、決意させてくれたのも、大輪花だったんだ。
当たり前だな。
こんなヤツとは話慣れてないんだろう。
でも、あながち嫌そうな風でもなかった。
だからオレは、こんな無理難題を要求してみた。
彼女がペンケースごと、ひっくり返した時。
率先して拾ってやった。
もちろん目の前で起きた事だし、ほっとけない気持ちも多少はあったが、狙いがちゃんとあった。
「なあ、これ、オレもらってもいい?筆記用具なくてさ」
一種の賭けだった。
これで拒絶されるか、それとも受け入れられるか。
その分かれ道だな、と思っていた。
ここで引かれたら諦めよう。
でも、彼女は引かなかった。
「うん、いいよ」
快く、オレにそれをくれた。
そこでオレは確信した。
―可能性は、ゼロじゃない。
オレは、その可能性に、賭けてみたくなった。
かといって、自分のスタイルを変えるわけじゃない。
ちょっとだけ、近づいてみるだけだ。
あくまで、彼女が警戒しない程度に。
その距離はとても微妙で、絶妙でなければならない。
が、聖羅が仲良くなってくれたお陰で、オレには可能性がもっと開けたように感じた。
良かった。アイツが仲良くなってくれて。
オマケの湯浅は、まあどうでもいいが。
聖羅はオレをちゃんとわかってくれてるから。
そう、思っていた、が、現実は、そう甘いもんじゃなかった。
大輪花はオレを警戒してるみたいだし、それは聖羅に釘をさされているせいだろう。
まあ、聖羅は中学の時の「あの事」を知ってるから、余計だろうな。
あの子には悪い事をした。
悪気はなかったんだ。
ただ、同じ臭いがするかな、と思ってちょっと近づいただけだった。
男は何もしなくても寄ってくる。
それもそのはずだ、ちょっとした名の知れた、変わり者の所にはいつも変な輩がついてまわる。
その輩に巻かれる事が嫌だった。
だからあの子に近づいた。
そうしたら、わけのわからない女子達が、あの子を徹底的にやってしまった。
アイツらは何なんだ。
オレは殆ど面識のない奴らばかりだったが、一人二人、知っている顔がいた。
小学校からそいつらも一緒で、何故かオレの周りにいつもいた女達だった。
バレンタインにチョコをもらっても、卒業式に花をもらっても、何にもオレには響いて来なかった、むしろ、ウザくてどこかに消えてしまわないか、と思っていたくらいの奴らだった。
しかし、奴らは何を勘違いしたのか、オレを「物」として崇め始めた。
全くもって迷惑な話だった。
オレの心をなんだと思っている?
お前らの思い通りになんて、オレの心は動かせない。
そう思ってわざと突き放していたのに。
その喧嘩のようなやり取りが、周りから見たら仲が良さそうに見えたのかも知れない。
何て皮肉だ。
お陰であの子は、学校にも来れなくなっちまった。
何回か授業のノートを届けに行ったが、彼女の親に門前払いを食らってしまった。
だからオレは、それ以降、聖羅にその子を託した。
そんな訳で、オレは聖羅にちょっとした借りがあった。
今回も、そいつらが絡んでるから、と警戒したのも無理はない。
なんでか、そいつらはオレがこの高校に進学すると聞きつけ、同じ高校を受けやがった。
何だっていうんだ、全く。ストーカーかよ。
迷惑だってのがまるでわかっていない。
そんな奴らに良い顔をする気もない。
幸か不幸か、聖羅の彼氏がそいつの兄貴と知り合いでがっつり言ってくれたおかげで、その子はなんとか救われた。
が、まだ油断はできない。
アイツらは姑息だから、何をしてくるかわからない。
オレも、その事は心配だった。
けれど、苦しんでいる大輪花を見た時、オレは放ってはおけなかったんだ。
まるで、自分を見ているみたいで。
あんなに小さい体で、必死に痛みや苦しみに耐えて。
病気は違うけれど、なんだか急に他人事に思えなくなったんだ。
だから、オレは迷わず大輪花を抱きかかえた。
そして、気づいたら保健室に向かっていた。
周りがざわついてるのは気づいていた。
でも、そんな事に構ってる余裕も暇も、オレにはなかったんだ。
この、小さい体を、一刻でも早く楽にしてやりたい。
医者を目指す身としても、一人の男としても、放っておけなかった。
それがアイツらに知られる事になるのは、時間の問題だって事くらい、わかっていたはずなのに。
それでも、オレは、大輪花を救いたかった。
何もできなくても。
保健室に着き、ベッドに横たわらせると、先生が不意にオレに言った。
「彼女?」
オレは、顔が赤くなるのがわかった。
「まだそんなんじゃないっすよ…」
「まだ、って事は、その子の事、好きなんだね」
「なんでそんな事」
すると先生は、少しからかうように、オレに言った。
「って事は、キミの事、理解してくれる人かもしれないね。少しは楽になるんじゃない?」
確かにそれはあるかも知れなかった。
オレの周りでオレの身体の事を知っているのは、限られた先生と親だけだ。
その他の奴らは、誰も知らない。
それはそれで何も聞かれないし楽だったけど、不安になる事も寂しくなる事もある。
それに、孤独だった。
もしかしたら、大輪花も、孤独なのかも知れない。
いや、そうなはずだ。
でも、彼女は望んで孤独を選んでいる。
そんなところも、オレと同じだと思った。
オレは何かできる事はないかと、教室に戻り、彼女の机の中を見てみた。
何にもできなくても、弁当を届けたり、鞄を整理する事ぐらいはできるはずだ。
案の定、机の中には、弁当が入っていた。
それと、小さなポーチを見つけた。
何だろう。薬でも入ってんのかな。
悪いとは思ったが、中をそっと開けた。
彼女の病気の事を知りたかった。
それでオレに今、何ができるか知りたかったんだ。
何もできる事はないかも知れないけれど、医者のタマゴとしては、目の前の「患者」について知る事は大切だ。
中を見ると、大量の痛み止めが入っていた。
なんだ、コレ…。
随分と強い薬使ってるじゃねぇか。
こんなに悪いのか?
そしてそれと一緒に見つけたのは、強めの精神安定剤。
…なるほど。
何となく、わかってきた。
アイツ…婦人科悪いんだな。
オレは咄嗟にそう判断してしまった。
その読みは、当たっていたのだが、それは後に知る事だった。
それらを持って保健室に戻ると、先生がなにやら準備をしている所だった。
「ああ、ちょうど良かった。ちょっと、留守番しててくれない?」「はっ?」
「私、ちょっと会議出ないといけないのよね。ホントはここ、鍵かけて行こうと思ってたんだけど、一人寝てる子いるから、心配で。だから、ちょっとだけ様子見ててくれたら助かるの」
先生はそうオレに言うと、軽くウインクをした。
オレはかぁっと顔が熱くなった。
先生は気を利かせてくれたつもりなんだろうが、大きなお世話だ。
でも、これで少しは距離を縮められる、と期待している自分がいる事も、事実だった。
先生が去った後、オレは彼女の様子を少しだけ、見に行ってみた。
カーテンを開けると、無防備に寝ている大輪花が、そこにいた。
その無垢な寝顔を見ると、思わずキスしてしまいそうになった。
あまりに可愛らしくて、あまりに無防備すぎて。
男から、雄になる瞬間を、必死に堪えた。
まだ、汚してはいけない。
それは、きちんとオレが彼女に想いを伝えた後にしよう。
そう、思ってぐっと我慢した。
なんだか卑怯な気がしたからだ。
オレはカーテンを元のように閉め、先生のデスクに腰かけ、ケータイをいじって時間を潰す事にした。
どうせクラスでは問題児扱いだ。
授業をフケたところで、あまりオレに支障はない。
後で適当なヤツにノートを見せてもらえば良いだけの話だ。
それよりも、今はアイツの事が心配だった。
目を覚ましたのは、午後の授業が始まってちょうど半ばくらいの頃だった。
オレは弁当を彼女に渡し、同時に薬のポーチも渡した。
持っていた方が安心するだろう。そう思ったからだ。
その時、オレは思ったんだ。
コイツを、治してやりたい。
せめて、こんな強い痛み止めと、安定剤を、同時服用しなくても良くなるくらいまでに…。
オレは、そんな医者になる。
そう、決意させてくれたのも、大輪花だったんだ。

