夏休みも、残り半分となってきた、8月の半ば。
あたしは、なれない理数の宿題に、悪戦苦闘していた。
リュウくんと会えるのは、火曜日と木曜日の午後3時半からの2時間。
喫茶店で、みっちり勉強を見てもらった。
どちらかの家に行けば早かったんだろうが、何せ反対方向にあるお互いの実家は、行くだけで時間がかかってしまう。
どうしても、効率的に勉強だけを教えてほしかったあたしは、ちょうど中間地点にある喫茶店を提案したのだ。
あたしの出来の悪さはリュウくんの想像を遙かに超えていたらしく、あたしは怒られっぱなしだった。
それでも匙を投げず、根気よく教えてくれたおかげで、あたしは何とか課題をクリアする事ができた。
夏休み半分でここまでできていれば、あとの半分は、夏休み明けの全国模試の勉強に充てられるだろう、というリュウくんの読みだった。
それにしても、授業はあれだけ聞いていないのに、ちゃんと理数も、文系も、勉強というものを理解している、リュウくんの頭の中は、一体どうなってしまっているのだろう…。
その頭脳を、少しでいいから分けて欲しいものだ。
あたしは、冗談ではなく、心から本当にそう思ってしまっていた。
いくら予備校に通っているとはいえ、予習も復習も必要だろうに。
一体、いつそれをしているのか、と、あたしは疑問だった。
とてもガリ勉タイプには見えないし、家で勉強しているのかも知れないが、あたしと頻繁にLINEをしている所をみると、どうもそうは思えない。
頭の作りが元々違うんだろうな…。
神様とは、こんな所にまで不平等だ。
天は二物を与えるというけれど、リュウくんは、二物どころか、3物も4物も与えているような気がする。
でも…気がかりな事も。一つあった。
夕方に約束をするようになってから、彼は2回ほど来られない時があった。
病院に行っていたのだという。
結果は教えてはくれなかったが、悪くなっていませんように…。
そればかりをあたしは気にしていた。
幸い、入院になる程ではなかったようで、検査程度で済んだ、と明るく報告はしてくれたものの、あたしの不安は消えなかった。
リュウくんには、あたしも、お守りの神様もついている。
とはいえ、やはり、神だのみだけではどうしようもない、「現実
」が、待っているかも知れないのだ。
でも、今は目の前の課題に集中しよう。
宿題を終わらせる事が、今日の課題だった。
「だからー、ここの数式は使わないで、こっちに代入するんだって」
「え?」
「昨日教えた事、もう忘れたのか?こっちの数式は引っ掛けなんだよ。だから、こっちしか使わねーの」
「そう…だっけ」
「今日はちゃんと家帰ったら復習しとけ」
「はぁい…」
今日もまた、怒られてしまった。
今日は数学の他に、科学、生物も終わらせてしまわないといけない。
2時間で終わるのだろうか…。
「今日は課外授業でもやるか?」
「はい?」
「居残り。これじゃ今日は終わんねーよ」
はぁ、とため息をつきながら、リュウくんが言う。
「出来の悪い生徒で…ごめんなさい」
あたしはしゅん、としてしまう。
でもリュウくんは、絶対に見捨てる事はしなかった。
根気よく、あたしがわかるまで、まるで先生のように、先生よりもわかりやすく説明してくれた。
リュウくんは、お医者さんよりも、学校の数学の先生か何かになった方がいいんじゃ…。
あたしはそんな事すら思ってしまった。おぺん
数学の課題と悪戦苦闘し、やっと終わらせる事ができた。
「やったぁ!これで数学終わったぁー」
あたしはペンをテーブルに放り投げ、うーん、と伸びをした。
ここまでで、一時間。
時計を見ると、4時半過ぎだった。
「まだまだ。これから科学が待ってるんだぞ?」
意地悪そうにいつものような口調でリュウくんがあたしに言う。
その間、5分、休憩しようという事になった。
「でも、なんで急に理系に力入れ始めたんだ?」
注文したアイスコーヒーを飲みながら、彼があたしに尋ねた。
「うーん、まだ内緒」
「なんだよ」
少し拗ねた彼を見て、あたしは微笑んだ。
まだ、彼には言うわけにはいかない。
馬鹿にされて終わりな事は目に見えていたし、それに、あたしが決心した事について、まだ言う時期ではないと思った。
とあえずは、志望大学を決めなければならない。
できればリュウくんと同じところが良かったが、彼は医大に進む事がわかっていたので、あたしには到底無理な話だと思った。
理系で有名なのは…。
あたしは、帰ってから調べる事にした。
リュウくんは、次にあたしに教えるべき箇所を、問題集とにらめっこしながら考えているようだ。
どうしたら、あたしにわかるように説明できるか、と、頭を悩ませているようでもあった。
休憩の5分が終わり、あたしたちは勉強を再開させた。
勉強を教えているリュウくんは、少し楽しそうでもあった。
今まで誰も、こんな風に頼った事がなかったのだろう。
教える事が、好きなのかも知れない。
あたしは、科学の記号と向き合いながら、そんな事をちらっと考えていた。
「なぁ、大輪花は、模試でどのレベルまでいきたい?」
「そうだなぁ、全国平均レベルまでは行きたいかな」
「ばぁか。それじゃ低すぎる。オレが教えてるからには、全国で3割以内上位を目指せ」
「ええ!?そんな順位取った事ないよ…」
「だから、今回は違うだろ?」
うう…。
確かに、そうだけれども。
リュウ先生がついているけれども。
あたしは、自信の無さをむき出しにしてしまった。
するとリュウくんは、あたしの手に何かを握らせた。
「コレ、持ってろ」
「何?」
「いいから」
首をかしげながら手を開いてみると、そこには、キラキラと光るものがあった。
ネックレスだ。
「え?あたし、今日誕生日とかじゃないけど…」
「オレがつけてたやつ。使い古しで良ければ」
そうあたしの手の中を見ながら、リュウくんは言った。
「お守りだ」
今度は、あたしの目をきちんと見据え、言ってくれた。
あたしは何とも言えない嬉しさで、胸がいっぱいになった。
学校はアクセサリー禁止だけど、これなら制服の中につけられるし、見られる心配もない。
そこまで、彼は配慮してくれている事が、ここでも明らかになった。
「ありがとう…。すごく、嬉しい」
子供のようにはしゃぎながら、あたしは、それをじっと眺めた。
やはり、男の人が身に着けていたものというのもあってか、シンプルなデザインのものだった。
石のような女性らしい飾りはもちろんなく、代わりに、小さなリングが先端についていた。
これって…。
あたしは、リュウくんをハッとして眺めた。
雑誌とか広告でしか見た事はなかったけれど、これって…もしかして、すごく、お高いやつなんじゃ…。
その様を見て、リュウくんは、想像通りだ、というような、笑みを浮かべていた。
「だめだよ!こんなの受け取れない…」
「いいから!オレがあげたいんだ、文句言わずに受け取れ」
「…ハイ」
その勢いに押され、あたしはそう承知するしかなかった。
さすがは、医者の御曹司。
物の価値も、小さな頃から教えられていたのだろう。
全然、物の価値などわからないあたしでも知っているような高級品なのだから。
それをよく見てみると、ダイヤらしき石の存在も確認できた。
どうりで、男性がつけるには女性のようなテイストを含んでいるわけだ…。
あたしがそれから目を離せないでいると、
「貸せ」
そうリュウくんがあたしから強引にそれを奪い取った。
「後ろ向け」
そして、あたしの首に、それをつけてくれた。
「やっぱ、ちょっと長いか」
「ううん…。このぐらいの方が、締め付け感がなくて、いい」
あたしは、緊張で途切れ途切れにそう言った。
それしか言葉が出て来なかった。
「シャープのお礼。それと…」
「それと?」
シャープのお礼にしては、高価すぎた。
何百倍のお礼なのだろう。
あたしは自分の想像だけで、頭の中で計算をしてみた。
割に合うはずがない。
でも…。
「それと、何?」
もう一つ、理由があるらしかった。
リュウくんはあたしに向き直り、笑顔で言った。
「首輪」
「…は?」
あたしはペット扱い??
そんなつもりはなかったんだけど…。
あたしの中で、首輪といえば、ペットに括り付けておくものだ。
同じような種類のペットがたくさんいるから、目印に。
それに、ちゃんと家に帰ってくるように。
名前を付けているものもある。
うちの子ですよ、という印だ。
…首輪?
名前…目印…「うちの子」…。
もしかして、リュウくん…?
「これでお前はどこにも行けない」
あたしのにわかに想像した通りの答えが返ってきた。
あたしは言葉を失った。
普通なら、怖いと思うのだろうか。
縛り付けられて、自由を奪われる、そう思うのだろうか。
あたしは、違った。
リュウくんになら、自由を奪われようが、縛り付けられようが、何でもよかった。
でも、彼がここまで独占欲が強い男子だとは、思ってもみなかった。
むしろ、あたしは、嬉しかったのだ。
彼の、唯一無二の存在に、なれた気がして。
でも、何がそこまで、彼の独占欲を掻き立てるのだろうか?
とても、不思議だった。
「あたしなら、どこにも行かないのに」
思わずポロリと、そんな言葉が漏れてしまった。
「知ってる。でも、それでも、不安になる時が、あるんだ…」
彼は、また、あの寂し気な表情を浮かべた。
デートの時に見せたような、どこか寂し気で、切なげな表情。
そこに、今日は色気はなかった。
ただ、寂し気な、憂いを含んだ、表情。
あたしは、その表情を愛おしいと思うと同時に、もう、こんな目はさせてはいけないと思った。
「大丈夫。信じて」
あたしはできる限りの笑顔でそう言った。
それが、その時あたしにできる、最大限の明るい表情だった。
「オレさ…」
何かを、リュウくんが言いかけた。
「ん?何?」
「…やっぱ、今度にするわ。とりあえず、目の前の模試、何とかしようぜ」
あたしはなんだか嫌な予感がしていた。
何故だかよくわからないけれど、良い知らせではないような気がした。
でも、それ以上は、今は聞いちゃいけないんだ。
リュウくんのタイミングを、待とう。
そう思うと、このネックレスを今日くれた意味が、少しわかった気がした。
それはあたしの想像でしかなかったから、敢えて言わないでおいた。
「そうだね」
そうあたしが言うと、リュウくんは、目だけで、頷いて見せた。
まるで、「ありがとう」と、言っているみたいだった。
その日、リュウ先生に宿題をたんまりと出されたあたしは、LINEもせず、ひたすらそれに向き合っていた。
今日、習ったことを忘れないように。
復習しとけ、というリュウくんの言葉が、頭を支配していた。
彼は、勉強の仕方をきっと心得ているんだろうな。
だから、要領よくこなす事ができる。
そして、人に教える事も。
それはある意味、天性の才能だと、あたしは思った。
あたしにそんな才能はない。
だから、リュウくんを頼るのだ。
あたしは、机にひたすら向かいながら、そっと、胸元のネックレスに手を当ててみた。
冷たくはなっていたけれど、それには、まだ、リュウくんの温もりが残っているような、気がした。
リュウくんが、一緒にいてくれるような、気がした。
それだけで、頑張れる。
苦手な理数も、模試も、志望校選びも。
あたしはなにか強大な力を得た気分になった。
と同時に、何故だか胸騒ぎがした。
夕方感じた、あの、良くない予感。
それが的中しないようにだけ、祈っていた。
ただ、あたしには祈るしかできなかったのだ。
この間の検査だって、以上はないと、彼は言っていた。
だから、大丈夫なはず。
この予感が、当たりませんように。
それだけ、願っていた。
それにしても、この膨大な宿題の量…。
これを、次に会う時までに終わらせろというのだから、なんとも酷な話だ。
次に会うのは…。
あたしはカレンダーを見てみた。
あたしは、なれない理数の宿題に、悪戦苦闘していた。
リュウくんと会えるのは、火曜日と木曜日の午後3時半からの2時間。
喫茶店で、みっちり勉強を見てもらった。
どちらかの家に行けば早かったんだろうが、何せ反対方向にあるお互いの実家は、行くだけで時間がかかってしまう。
どうしても、効率的に勉強だけを教えてほしかったあたしは、ちょうど中間地点にある喫茶店を提案したのだ。
あたしの出来の悪さはリュウくんの想像を遙かに超えていたらしく、あたしは怒られっぱなしだった。
それでも匙を投げず、根気よく教えてくれたおかげで、あたしは何とか課題をクリアする事ができた。
夏休み半分でここまでできていれば、あとの半分は、夏休み明けの全国模試の勉強に充てられるだろう、というリュウくんの読みだった。
それにしても、授業はあれだけ聞いていないのに、ちゃんと理数も、文系も、勉強というものを理解している、リュウくんの頭の中は、一体どうなってしまっているのだろう…。
その頭脳を、少しでいいから分けて欲しいものだ。
あたしは、冗談ではなく、心から本当にそう思ってしまっていた。
いくら予備校に通っているとはいえ、予習も復習も必要だろうに。
一体、いつそれをしているのか、と、あたしは疑問だった。
とてもガリ勉タイプには見えないし、家で勉強しているのかも知れないが、あたしと頻繁にLINEをしている所をみると、どうもそうは思えない。
頭の作りが元々違うんだろうな…。
神様とは、こんな所にまで不平等だ。
天は二物を与えるというけれど、リュウくんは、二物どころか、3物も4物も与えているような気がする。
でも…気がかりな事も。一つあった。
夕方に約束をするようになってから、彼は2回ほど来られない時があった。
病院に行っていたのだという。
結果は教えてはくれなかったが、悪くなっていませんように…。
そればかりをあたしは気にしていた。
幸い、入院になる程ではなかったようで、検査程度で済んだ、と明るく報告はしてくれたものの、あたしの不安は消えなかった。
リュウくんには、あたしも、お守りの神様もついている。
とはいえ、やはり、神だのみだけではどうしようもない、「現実
」が、待っているかも知れないのだ。
でも、今は目の前の課題に集中しよう。
宿題を終わらせる事が、今日の課題だった。
「だからー、ここの数式は使わないで、こっちに代入するんだって」
「え?」
「昨日教えた事、もう忘れたのか?こっちの数式は引っ掛けなんだよ。だから、こっちしか使わねーの」
「そう…だっけ」
「今日はちゃんと家帰ったら復習しとけ」
「はぁい…」
今日もまた、怒られてしまった。
今日は数学の他に、科学、生物も終わらせてしまわないといけない。
2時間で終わるのだろうか…。
「今日は課外授業でもやるか?」
「はい?」
「居残り。これじゃ今日は終わんねーよ」
はぁ、とため息をつきながら、リュウくんが言う。
「出来の悪い生徒で…ごめんなさい」
あたしはしゅん、としてしまう。
でもリュウくんは、絶対に見捨てる事はしなかった。
根気よく、あたしがわかるまで、まるで先生のように、先生よりもわかりやすく説明してくれた。
リュウくんは、お医者さんよりも、学校の数学の先生か何かになった方がいいんじゃ…。
あたしはそんな事すら思ってしまった。おぺん
数学の課題と悪戦苦闘し、やっと終わらせる事ができた。
「やったぁ!これで数学終わったぁー」
あたしはペンをテーブルに放り投げ、うーん、と伸びをした。
ここまでで、一時間。
時計を見ると、4時半過ぎだった。
「まだまだ。これから科学が待ってるんだぞ?」
意地悪そうにいつものような口調でリュウくんがあたしに言う。
その間、5分、休憩しようという事になった。
「でも、なんで急に理系に力入れ始めたんだ?」
注文したアイスコーヒーを飲みながら、彼があたしに尋ねた。
「うーん、まだ内緒」
「なんだよ」
少し拗ねた彼を見て、あたしは微笑んだ。
まだ、彼には言うわけにはいかない。
馬鹿にされて終わりな事は目に見えていたし、それに、あたしが決心した事について、まだ言う時期ではないと思った。
とあえずは、志望大学を決めなければならない。
できればリュウくんと同じところが良かったが、彼は医大に進む事がわかっていたので、あたしには到底無理な話だと思った。
理系で有名なのは…。
あたしは、帰ってから調べる事にした。
リュウくんは、次にあたしに教えるべき箇所を、問題集とにらめっこしながら考えているようだ。
どうしたら、あたしにわかるように説明できるか、と、頭を悩ませているようでもあった。
休憩の5分が終わり、あたしたちは勉強を再開させた。
勉強を教えているリュウくんは、少し楽しそうでもあった。
今まで誰も、こんな風に頼った事がなかったのだろう。
教える事が、好きなのかも知れない。
あたしは、科学の記号と向き合いながら、そんな事をちらっと考えていた。
「なぁ、大輪花は、模試でどのレベルまでいきたい?」
「そうだなぁ、全国平均レベルまでは行きたいかな」
「ばぁか。それじゃ低すぎる。オレが教えてるからには、全国で3割以内上位を目指せ」
「ええ!?そんな順位取った事ないよ…」
「だから、今回は違うだろ?」
うう…。
確かに、そうだけれども。
リュウ先生がついているけれども。
あたしは、自信の無さをむき出しにしてしまった。
するとリュウくんは、あたしの手に何かを握らせた。
「コレ、持ってろ」
「何?」
「いいから」
首をかしげながら手を開いてみると、そこには、キラキラと光るものがあった。
ネックレスだ。
「え?あたし、今日誕生日とかじゃないけど…」
「オレがつけてたやつ。使い古しで良ければ」
そうあたしの手の中を見ながら、リュウくんは言った。
「お守りだ」
今度は、あたしの目をきちんと見据え、言ってくれた。
あたしは何とも言えない嬉しさで、胸がいっぱいになった。
学校はアクセサリー禁止だけど、これなら制服の中につけられるし、見られる心配もない。
そこまで、彼は配慮してくれている事が、ここでも明らかになった。
「ありがとう…。すごく、嬉しい」
子供のようにはしゃぎながら、あたしは、それをじっと眺めた。
やはり、男の人が身に着けていたものというのもあってか、シンプルなデザインのものだった。
石のような女性らしい飾りはもちろんなく、代わりに、小さなリングが先端についていた。
これって…。
あたしは、リュウくんをハッとして眺めた。
雑誌とか広告でしか見た事はなかったけれど、これって…もしかして、すごく、お高いやつなんじゃ…。
その様を見て、リュウくんは、想像通りだ、というような、笑みを浮かべていた。
「だめだよ!こんなの受け取れない…」
「いいから!オレがあげたいんだ、文句言わずに受け取れ」
「…ハイ」
その勢いに押され、あたしはそう承知するしかなかった。
さすがは、医者の御曹司。
物の価値も、小さな頃から教えられていたのだろう。
全然、物の価値などわからないあたしでも知っているような高級品なのだから。
それをよく見てみると、ダイヤらしき石の存在も確認できた。
どうりで、男性がつけるには女性のようなテイストを含んでいるわけだ…。
あたしがそれから目を離せないでいると、
「貸せ」
そうリュウくんがあたしから強引にそれを奪い取った。
「後ろ向け」
そして、あたしの首に、それをつけてくれた。
「やっぱ、ちょっと長いか」
「ううん…。このぐらいの方が、締め付け感がなくて、いい」
あたしは、緊張で途切れ途切れにそう言った。
それしか言葉が出て来なかった。
「シャープのお礼。それと…」
「それと?」
シャープのお礼にしては、高価すぎた。
何百倍のお礼なのだろう。
あたしは自分の想像だけで、頭の中で計算をしてみた。
割に合うはずがない。
でも…。
「それと、何?」
もう一つ、理由があるらしかった。
リュウくんはあたしに向き直り、笑顔で言った。
「首輪」
「…は?」
あたしはペット扱い??
そんなつもりはなかったんだけど…。
あたしの中で、首輪といえば、ペットに括り付けておくものだ。
同じような種類のペットがたくさんいるから、目印に。
それに、ちゃんと家に帰ってくるように。
名前を付けているものもある。
うちの子ですよ、という印だ。
…首輪?
名前…目印…「うちの子」…。
もしかして、リュウくん…?
「これでお前はどこにも行けない」
あたしのにわかに想像した通りの答えが返ってきた。
あたしは言葉を失った。
普通なら、怖いと思うのだろうか。
縛り付けられて、自由を奪われる、そう思うのだろうか。
あたしは、違った。
リュウくんになら、自由を奪われようが、縛り付けられようが、何でもよかった。
でも、彼がここまで独占欲が強い男子だとは、思ってもみなかった。
むしろ、あたしは、嬉しかったのだ。
彼の、唯一無二の存在に、なれた気がして。
でも、何がそこまで、彼の独占欲を掻き立てるのだろうか?
とても、不思議だった。
「あたしなら、どこにも行かないのに」
思わずポロリと、そんな言葉が漏れてしまった。
「知ってる。でも、それでも、不安になる時が、あるんだ…」
彼は、また、あの寂し気な表情を浮かべた。
デートの時に見せたような、どこか寂し気で、切なげな表情。
そこに、今日は色気はなかった。
ただ、寂し気な、憂いを含んだ、表情。
あたしは、その表情を愛おしいと思うと同時に、もう、こんな目はさせてはいけないと思った。
「大丈夫。信じて」
あたしはできる限りの笑顔でそう言った。
それが、その時あたしにできる、最大限の明るい表情だった。
「オレさ…」
何かを、リュウくんが言いかけた。
「ん?何?」
「…やっぱ、今度にするわ。とりあえず、目の前の模試、何とかしようぜ」
あたしはなんだか嫌な予感がしていた。
何故だかよくわからないけれど、良い知らせではないような気がした。
でも、それ以上は、今は聞いちゃいけないんだ。
リュウくんのタイミングを、待とう。
そう思うと、このネックレスを今日くれた意味が、少しわかった気がした。
それはあたしの想像でしかなかったから、敢えて言わないでおいた。
「そうだね」
そうあたしが言うと、リュウくんは、目だけで、頷いて見せた。
まるで、「ありがとう」と、言っているみたいだった。
その日、リュウ先生に宿題をたんまりと出されたあたしは、LINEもせず、ひたすらそれに向き合っていた。
今日、習ったことを忘れないように。
復習しとけ、というリュウくんの言葉が、頭を支配していた。
彼は、勉強の仕方をきっと心得ているんだろうな。
だから、要領よくこなす事ができる。
そして、人に教える事も。
それはある意味、天性の才能だと、あたしは思った。
あたしにそんな才能はない。
だから、リュウくんを頼るのだ。
あたしは、机にひたすら向かいながら、そっと、胸元のネックレスに手を当ててみた。
冷たくはなっていたけれど、それには、まだ、リュウくんの温もりが残っているような、気がした。
リュウくんが、一緒にいてくれるような、気がした。
それだけで、頑張れる。
苦手な理数も、模試も、志望校選びも。
あたしはなにか強大な力を得た気分になった。
と同時に、何故だか胸騒ぎがした。
夕方感じた、あの、良くない予感。
それが的中しないようにだけ、祈っていた。
ただ、あたしには祈るしかできなかったのだ。
この間の検査だって、以上はないと、彼は言っていた。
だから、大丈夫なはず。
この予感が、当たりませんように。
それだけ、願っていた。
それにしても、この膨大な宿題の量…。
これを、次に会う時までに終わらせろというのだから、なんとも酷な話だ。
次に会うのは…。
あたしはカレンダーを見てみた。

