夢開く大輪の花

母の話を聞いてから、あたしのやりたい事がなんとなく見えて来た気がしていた。
高校は、大学進学のための勉強を、1年生の後半から行うところが多い。
あたしが通う高校も例外ではなかった。
その大学の模試を受け、判定を出してもらい、それで2学期の三者面談に突入する。
それを元に、1年生の頃から何となくではあるが、進路を決めるのだ。
それが、中学との大きな違いだった。
あたしは、理系に進もうとしていたので、理系の勉強を主に頑張る事にした。
しかし、理系とは、あたしが最も苦手とする分野であった。
医学部に進もうと思ったわけではない。
リケ女になりたいわけでもなかった。
ただ、医療に携わる仕事はしたいな、と思ったのだ。
でも…。
生物、化学、科学、を、勉強したら良いのだろう…。
そこであたしは一つひらめいた。
そうだ。リュウくんに手伝ってもらおう。
彼なら医者を目指しているんだし、理系には強いはずだ。
と、安直な考えを持ち、あたしはリュウくんに早速連絡をしてみた。
『生物、化学、数学、教えてくれる?』
すると、すぐさま返信が返ってきた。
『いいけど』
やった!
これで、夏休み明けの模試には何とか間に合うだろう。
あたしはそう踏んで、その次の段階、いつどこで何を習うか、計画を立てようとした。
『予備校終わるのって何時?』
すると、これまたすぐさまに返信が返ってきた。
『一応、4時』
全く…。
今は授業中のはずなのに、何をしているんだか。
おそらく、授業のノートだけ取って、あとは適当に過ごしているんだろう。
お金持ちの息子は、全く、親のありがたみがわかっていない。
予備校の夏期講習に通うのに、どれだけのお金がかかると思っているのか。
あたしは、はぁ、とため息をついたが、返信をすぐにくれる気遣い(?)のあるリュウくんが、すごく好きだった。
だから、授業をちゃんと聞きなさい、と、注意する事すらできなかった。
そんな事で、ちゃんと夏休みのメニューをすべてこなす事ができるのか?
あたしは一瞬不安になったが、そこはリュウくんの技量に任せる事にしよう。そう、彼をそこは信じる事にしたのだ。
すると、リュウくんからまたも返信が届いた。
『ただし、条件つきな』
条件?何だろう?
リュウくんの事だ、きっと、あたしの想像を超える注文をつけてくるに違いない。
今度は何をされるのだろう…。
以前は、不意打ちのキスだった。
それ以前は、添い寝だった。
今度は…一体…。
あたしは一抹の不安を抱きながらも、その条件を思い切って飲む事にした。
『いいよ。あたしにできる事なら。何?』
そう返信を送った。
すると彼は意外な答えをあたしによこした。
『オレのデートプランに一日付き合う事』
デートプラン?そんなものが、彼の中に存在するのだろうか?
あまりロマンチックな展開を想像するのはやめておこう。
今までことごとく、壊されてきたのだから。
でも…何か、素敵な事を考えているに違いない。
そうだと、いいな…。
あたしはそんな期待を胸に、返信をした。
『わかった。じゃ、日にち決めよ』
そうしてOKを出すと、彼が一枚の写真を送ってきた。
予備校の時間割だった。
『この赤いのが、休みの日。この日ならいつでもいい。大輪花の空いてる日あったら教えて』
相変わらず、絵文字も顔文字もない、味気も素気もないやりとりだ。
かなり、義務的で、まるで先生と生徒のようなやり取りが続く。
それでも、それがあたしたちのスタイルなのだ。
なんともあたし達らしく、それを壊す気にはあたしは今の所は、なれなかった。
それを全て保存して取っておきたいくらい、あたしの中で、全てが思い出になっていた。
あたしはすぐさまカレンダーを確認し、8月の第2週目の日曜日なら、空いている、と、彼に伝えた。
『OK。じゃ、朝9時に俺ん家に集合で』
ええ!?
そこは、迎えに来てくれるものじゃないの!?
なんていう、淡い期待を抱いたあたしは、自分が馬鹿だったな…そういえば、リュウくんはこんな人だったよな…そう、思い直した。
『うん、わかった』
あたしはそう返信すると、携帯を置いた。
と、途端に不安になってきた。
デートらしいデートなど、した事がないあたしは、おしゃれな私服を持っていない。
今はどんな服が流行っているのだろう?
聖羅ちゃんと絵摩ちゃんとは、休みの日に何度か出かけた事はあった。
が、二人とも個性がなんとも強く、聖羅ちゃんはモノトーンしか着ないし、絵摩ちゃんはふんわりとした私服しか持っていないようだ。
この二人に聞くのも…。
あまりにも、危険すぎる。
あたしは、近くのコンビニで、雑誌を購入し、それを舐めまわすようにじっと眺めた。
実際どの雑誌があたし達の年代に合っているのかすら、あたしにはわからなかった。
が、いかにも同年代っぽい子が表紙に載っているものにしてみた。
が、実際、中身を見てみると…。
え!?ナニコレ!?
という、服装ばかりが載っていた。
どこのブランドの何、というアイテムは載っているからわかるが、どれもこれも高いものばかりだ。
高校生のお小遣いの範囲では、とても手が届かない。
せいぜい、トップス1枚で終わってしまう。
でも、そのブランドが入っているファッションビルに行けば、類似品が売っているかもしれない。
あたしはそう考え、早速翌日、行ってみる事にした。

でも、さすがに一人で足を踏み入れる勇気はない。
そこで、聖羅ちゃんと絵摩ちゃんを半ば強引に誘い、一緒に買い物に付き合ってもらう事にした。
「大輪花…まさか、ここで買うつもり?」
聖羅ちゃんにそう言われ、あたしは初めて気づいたのだった。
そこは、いわゆる「派手」な恰好をする人が好む、若者向けのファッションビルだった。
「でもさ、値段は安いものが多いし、いいかもよ?」
すかさず絵摩ちゃんがフォローしてくれる。
そこが雑誌に載ってたところだったんだけど…。
ネットで調べ、その店が入っているファッションビルを地元でようやく見つけたのだ。
だから、そこに行けば絶対だと確信していた。
その雑誌に載っていた中では、一番おとなしめで、決して派手にはならなそうな服装だったからだ。
本当にあの店が入っているのだろうか…。
一応、雑誌のそのページを切り取っては来たものの、そのビルの外観を見て、あたしは不安になってきた。
「とりあえず、入ってみるか」
聖羅ちゃんに押され、あたし達はそこへ入った。
すると意外にも目立つ位置に、その店は存在した。
周りや他のフロアはきっとちがうテイスト向けの店が入っているのだろうが、それは思い切り1階にあり、しかも入口から目立つ位置にあった。
これだけ派手な出立の割に、売りにしているのは清楚な感じの服の店なんだな…。
驚きを隠せないまま、でも、とりあえず目的地は見つかったので、そこに行ってみた。
中は普通の洋服屋と大して変わらない。
ただ、雑誌掲載品、とPOPの出た商品は何点か目についた。
マネキンが着ている服が、あたしが目的としている服だった。
が、値段を見て愕然とした。
1着、1万円。
こんなに高いものなのか…。
あたしが諦めそうになった時、店員さんが声をかけてくれた。
「それに似たのでいいなら、売れ筋ありますよ」
何て良い店員さんなのだろう。
あたしたちみたいな高校生に、こんなにも快く声をかけてくれ、しかも、お財布事情も汲んでくれるなんて。
あたしはすぐさまそれを紹介してもらい、約半値でそのアイテムを購入した。
それは、フリルのついた清楚なワンピースだった。
丈が意外に短いのが少々気になったが、それはストッキングやソックスでなんとかしよう。
その店員さんは、お会計とお見送りまで、満面の笑顔でしてくれた。
あたしは、アパレルも悪くない、と思ったほどだった。
一応試着はしたものの、やはり、どう見えるのか気になる。
「ねぇ、聖羅ちゃん、絵摩ちゃん。これ、おかしくなかった?」
あたしは二人に感想を求めた。
すると、
「あたしは良いと思ったよ。相良好きそうな感じ」
と、聖羅ちゃんがすぐに言ってくれた。
あたしはその言葉にホッとし、帰りに、二人にお礼にジェラートをご馳走した。

家に帰って改めて封を開き、その服を確認する。
と、どうも自分では選んだ事がない服のせいか、あまり似合っている気はしない。
が、せっかく選んでくれたのだから、似合うと思って着て行こう。
あたしはそっと、部屋の姿見でそれを全身にあてがってみた。
なんだか全然別の人物がいるように見えた。
これを着て、リュウくんに逢うんだ…。
そう思うと、なんだか緊張してきた。
でも、どんな服装で行く、なんて言っていない。
リュウくん、どんな反応するかな…。
あたしは、そればかりが気になったが、多少の不安と期待に胸を膨らませ、その日が待ち遠しいな、と思った。
カレンダーを改めて見ると、その日は、ちょうど一週間後だった。

肝心のあたしの頼み事が受け入れられたはいいが、その計画も、予定も何も未定なまま、どんどん日は過ぎていった。
その間、毎日連絡は取りあってはいたものの、リュウくんも忘れていたのか、その話題にすらならなかった。
そして…遂に、「約束の日」が、訪れてしまった。
あたしは、心の準備もままならないまま、前日からよく眠れなかった。
緊張で眠れないなんて、まるで遠足を楽しみにしている小学生のようだった。
それくらい、久しぶりに、こんなワクワクした緊張をあたしは感じていた。
実は、洋服を買いに行った時、聖羅ちゃんと絵摩ちゃんに勧められ、メイク道具も一式買っていた。
もちろん、そんな高いブランドのものなどではない。
一つ数百円の、高校生にもての届く範囲のメイク道具だった。
お陰で、今年のお年玉をとっておいた分と、毎月のお小遣いを殆ど使い果たしてしまった。
デートの時のお金が、ない。
これは一大事だ。
来月分、前借しようかな…。
あたしは母に打診しようと試みた。
すると意外にも、すんなりOKしてくれた。
そして、誰とどこに何をしに行くか、それすらも聞かれなかった。
この間の話以来、母はどこか、あたしに以前よりも信頼を置いてくれているような、気がしていた。
腹を割って親子としての話をしたからかも知れない。
それはそれで、あたし達にとっては、大きな収穫であり、成長だった。
朝9時にリュウくんの家に行くには、午前8時には家を出なければならない。
しかも、電車も日曜ダイヤの為、普段通っている時間帯ではない。
予め調べておいて良かった。
あたしは朝7時に起き、全ての準備を済ませると、改めてリュウくんの家に向かった。

一度しか行ったことがない割には、意外と道は覚えているものだ。
あたしは、駅からの道であまり迷う事なく、リュウくんの家にたどり着く事ができた。
割と道を覚えるのは得意なのかもしれない。
自分でそう、あたしは自負する程だった。
リュウくんの家は確かに目立つ。
が、「目立つ位置」にあるわけではない。
小路を抜け、民家の間を縫って行く為、地元の人じゃないとわからないような場所にそれは圧倒的な存在感でそこにある。
さすがに日曜日は、ご両親もいらっしゃるかと思い、あたしは緊張して手土産を手にして行ったのだが、実際着いてみると、リュウくん一人だけのようだった。
玄関チャイムを鳴らすと、門扉が開き、どでかいガレージには、車は1台も見当たらなかった。
普段は、2~3台は停められそうな大きなガレージだ。
あたしは思わず、「ご両親は?」と、出迎えてくれたリュウくんに尋ねてしまった。
すると彼は嫌な顔一つせず、
「親父は学会で出張中。母親は友達と出かけてる。だから、オレ一人」
「そうなんだ…」
「それ、うちの親に?」
リュウくんは、あたしが手にしていた菓子折りの箱を見て言った。
「あ…うん。一応、ご挨拶を、と思ったんだけど…」
「そっか。変に気遣わせて悪かったな」