~出逢い~

春。新緑の季節。
あたしは、高校生になった。
中学の時の同級生は、いない。
ここから、新しい生活が、始まるんだ。
あたしは、期待に胸を膨らませて、校門をくぐった。
新しい制服。新しい鞄。
何もかもが新鮮で、あたしの気持ちを高ぶらせる。
ここの制服もかわいくて気に入った。
あたしは、胸元のリボンをきゅっと握りしめた。
校門をくぐってすぐの所、校舎までの通り道に、桜の木が植わっている。
何本かあるうちの一本の前で、あたしは立ち止まった。
(あなたに、また会えたね)
心の中でそう呟き、にっこりと笑顔を浮かべてその木を見上げる。
ただ一本だけ、少し背の低いその桜が、どことなくあたしと似ているような気がしていた。
背は低いけれど、一生懸命に枝を広げ、存在感を誇示しているように思えた。
あたしは、ここにいるよ、って。
ふと時計を見ると、登校時刻を過ぎようとしていた。
「いっけない!」
あたしは、小走りで校舎へ向かった。

高校に入る少し前、あたしは髪型を変えた。
今までと同じ自分は、嫌だった。
少しでもイメージを変えたくて、まずは髪を切ってみた。
それまでの黒髪ロングから、少し茶色のボブスタイル。
パーマも当ててみた。
それだけで、周りの景色が変わって見えた。
自分が、少しだけ、キラキラ輝いたような、そんな気がした。
化粧っけのない地味な顔も、眉毛をカットして、睫毛をカールさせ、リップグロスをつけてみた。
ほんの少し、大人に近づけた気がした。
これからの高校生活が、楽しみになった。
中学の時は、良い思い出がなかったから…。
高校生活は、素敵なものにしたかった。
特別なものは、何もいらない。
ただ、楽しく過ごしたい。
高校に合格した時から、そう決めていた。
頑張って勉強して良かった、心からそう思った。
ただ、どうしても、あたしに不釣り合いなものが、一つだけある。
どう頑張ってみても、勝てそうにはない。
それは、あたしの、名前。

水島 大輪花(みずしま だりあ)。

これが、あたしの名前だ。
親が、「大輪の花を咲かせるような、華々しい人生を送るように」とつけた名前らしいが、あたしには今のところはそぐわない。
華々しいどころか、至って地味な人生を送ってきたからだ。
そして、読みがながないと読めない、いわゆるキラキラネーム。
キラキラしたいとは思っていたけれど、名前は普通で良かった。
こんな名前だから、大抵は、名字で呼ばれる。
えっ??という顔をされるのにも、慣れてしまった。
…クラスで初めてのホームルームは、きっと、自己紹介から始まる。
嫌だな…。
元々、人前で話をするのも、緊張してダメなのに、こんな名前を晒すなんて、もっと緊張する。
あたしは、入学前から、重い気持ちを半分持ったまま、春休みを過ごした。

とうとう、この日が来てしまった。
やっぱり、クラスで初めてのホームルームは、自己紹介だった。
これは、避けて通れない道だとはわかっていたけれど、やっぱり気分が重たい。
前の席の子が終わり、あたしの番が来てしまった。
あたしは、意を決して、席を立った。
「南中学出身の、水島 大輪花です…」
周りを見ると、やっぱり「えっ??」の反応。
やっぱりか…。
溜め息をつきそうになり、俯きかけたその瞬間、後ろの扉がガラッと勢いよく開いた。
皆の視線がそっちに集まる。
あたしも、思わず振り返った。
見ると、一人の男子が登校してきた所だった。
その外見に、圧倒される。
長身で、金髪。耳には3つのピアス。
ワイシャツのボタンを上2つ開けて着崩し、手にはペラペラの鞄を肩越しに持っている。
片方の手をポケットに突っ込み、首にはヘッドホンがかけられていた。
「…あー、ワリ。自己紹介中か。気にしないで続けて」
ちょっと低めの声で比較的静かに彼は言うと、空いている席目掛けてつかつかと歩いて行った。
あたしは、彼から、何故か目を逸らせずにいた。
彼は、キラキラと輝いて見えた。
ガラは悪いけれど、あたしの憧れているキラキラとした要素を持っているようで、釘付けになった。
その時、一瞬、目が合った、気がした。
あたしは慌てて、目を逸らす。
横目で見えた彼は、心なしか、微笑んだように、見えた。
「今日は遅刻だな、相良」
「いーよ、センセ」
相良、と呼ばれたその彼は、授業道具を机にガタガタと入れ始めた。
「中断して悪かった。自己紹介は、水島までいったな」
先生の言葉に、はっと我にかえる。
気づけば、あたしはさっきから立ったままだった。
急に恥ずかしくなり、慌てて着席する。
と、不意に手を止めた相良くん…が、あたしを振り返った。
何を言われるんだろう。
ビクビクした気持ちを隠せずにいると、それが顔に出ていたようで、相良くんに、笑われた。
「そんな顔すんなよ。何もしねえって。あんたのフルネーム、聞きそびれたから」
「…フルネーム?」
「そ。あんたの名前」
思いのほか優しい話し方をする彼に、ときめいてしまった自分がいた。
「水島…大輪花」
遠慮がちにそう告げると、彼はふっと笑った。
その笑みは、決して、あたしの名前をバカにしたような笑い方ではなく、とても優しい表情だった。
「へえ…」
それだけ言うと、相良くんは、前に向き直った。
彼の席があたしの斜め前だったという偶然もあって、あたしの視線は再び彼の背中に注がれた。
程なくして全員が終わり、最後に、彼が自己紹介をした。
彼のフルネームは、相良 龍彦 だった。
なんだか怖そうな名前だ…。
一瞬そう思ったものの、すぐにその考えを打ち消すように、頭を左右に振る。
名前で判断されるのが嫌いな事は、あたしが一番良く知っている。
だから、あたしも、名前だけでその人を決めつけたりしない。
あたしは、相良くんの背中を、じっと見つめた。
休憩時間が来ると、ホッとする。
次の授業の準備をしようとしていた時、不意に声をかけられた。
「水島さん」
振り返ると、女の子が二人、あたしの後ろに立っていた。
「あ…」
「南中からなんて、珍しいね。ここ、北と中央が多いのに」
「…そうみたいだね」
髪がロングでハキハキとした子が、あたしに言った。
友達もまともにいなかった中学時代の名残が尾を引き、うまく話せない。
そうすると、今度は、もう一人のおとなしい感じの子が、話しかけてくれた。
「硬くならないでよ~。良かったら、仲良くしよ?あたし、湯浅 絵摩。こっちは、楠木 聖羅」
「こっちは、とか言うな~!!」
聖羅、と呼ばれた女の子が、絵摩、という子を小突く。
そのやりとりがおかしくて、思わず笑顔になる。
「あっ、やっと笑った。ねえ、大輪花って呼んでもいい?」
絵摩ちゃんが、あたしを覗き込んで言った。
「…うん、いいよ。よろしくね」
あたしたちは、すぐに意気投合した。
高校に入ってすぐに、仲良しの友達が、二人もできた。
やっぱり、この高校に来て良かった。
頑張って、イメチェンして良かった。
改めて、そう感じていた。
「大輪花って、かわいい名前~」
「そうかな…?大輪の花って書くから、名前負けしてて…」
「ううん、かわいいよぉ」
絵摩ちゃんとそんなやり取りをしてる時、相良くんの席に男子が寄ってきた。
「リュウ、入学早々やっちまったなぁ」
リュウ…?
あたしは思わず振り返った。
相良くんは、その男子と仲が良いのか、世間話を楽しんでいる様子だった。
でも、視線が下に落ちていたのを、あたしは見ていた。
「…大輪花?」
聖羅ちゃんに呼ばれて、はっと我にかえる。
「どうしたの?」
「えっ、…あ、ごめん」
「いいんだけどさ。大輪花って、なんか抜けてるトコあんだね。意外だなぁ」
小心者で人見知りなあたしの事を、そんな風にカバーしてくれた子は初めてだ。
隣では、絵摩ちゃんがニコニコ笑っている。
二人は、とても優しいんだという事が、話してみてすぐにわかった。
聖羅ちゃんは、あたしに話しかけながら、視線の先に目をやった。
「…相良の事、気になるの?」
「…!」
図星をつかれ、あたしは絶句する。
考えてみれば、あたしの行動は、何ともわかりやすかった。
「あいつね、中学ん時からリュウって呼ばれてんの。龍彦って名前だからね。…でも、あいつには近づかない方が良いよ」
「聖羅ちゃん、同じ中学だったの?」
「うん。あいつとは、小学校の頃から一緒。でも、未だに理解できない事だらけだよ。謎が多すぎるんだよねぇ…」
聖羅ちゃんは、あたしに細かく教えてくれる。
「遅刻しても、あいつは何もお咎めないし、あのルックスじゃない?女子にモテモテでさ、中学ん時からファンクラブみたいなのあるんだよ」
「へえ…そうなんだ」
あたしは、再びちらりと彼を見やる。
と、一瞬、目が合った気がした。
ぱっ、と、慌ててあたしは視線を逸らした。
「とにかくさ、あいつは目立つし、ガラ悪いから、やめときなよ」
聖羅ちゃんに、そう釘をさされる。
でも、あたしには、相良くんがそんなに悪い人には見えなかった。
なんだか、ざわざわとした胸騒ぎを覚えながら、これからの高校生活に、期待が膨らんだ、そんな日だった。