夢開く大輪の花

「そ、そりゃ、リュウくんは頭良いから、宿題とかテストとか、大丈夫かもしれないけど、あたしは、赤点スレスレだし、落第なんてしたら…」
留年などしてしまおうものなら、シャレにならない。
すると、彼はクククッと笑った。
「わかったよ。教えてやる。その代わり…」
「その代わり?」
「オレのデートプランに一日付き合え」
「いいけど…どこに行くつもり?」
「それは、まだ内緒」
悪戯っぽく笑う彼にあたしは、一抹の不安を覚えたが、それでも、彼の条件をのむ事にした。
「大丈夫。いきなりそんな変なトコ行かねぇよ」
そんな事を想像していたわけではなかったが、彼は、あたしが相当警戒していると思ったようだ。
それもそのはずだ。
彼は、確実に、あたしよりも恋愛経験は多いはずだ。
だから、あたしが想像しているデートよりも遙かに大胆な事をしてくると思うのは、当然の事ではないのか。
でも、リュウくんに限って、そんな事はしない事はわかっていた。
恋愛初心者のあたしに、無理強いはしてはこないだろう。
と、こんな事を考えている事自体、あたしは何を想像してしまっているのだろうか。
聖羅ちゃんや絵摩ちゃんから吹き込まれたにわか知識だけでは、この先乗り切ってはいけないだろう。
何か難しい顔をして考え込んでいるように見えたのか、リュウくんがあたしの顔の前で手を振った。
「おーい。起きてるか?」
「寝てはいないよ」
「そうだな。それは知ってた」
彼は優しい。
あたしに、こんなにも、同じ歩幅に合わせて歩いてくれる。
すごく心地よくて、離れるのも嫌なくらいだった。
でも、もうすぐあたしは帰らなければならなかった。
もうすぐ、この夢のような時間が終わってしまう。
今日だけではないとわかっていても、たまらなく寂しい気持ちに襲われた。
「そんな顔すんなって。それからも、一緒じゃん」
リュウくんがそう言って頭を撫で、慰めてくれる。
あたしは、こくん、と少しだけ頷いた。
「ただ…寂しいな、って」
「なぁ、大輪花」
「ん?」
「今の時代、便利なものがある。携帯っつーものすごく便利なものだ。これで、お互いの声だって聴けるし、顔も見れる。オレたちの気持ちが離れない限り、ずっと傍にいれるんだ」
「そう…だよね…。リュウくんの、言うとおり…」
そこまで言って、あたしはハッと何かがひらめいた。
「ね、今日、行きたい場所がある!」
「おう。どこだ?行ける範囲なら行こうぜ」
「あたしは大丈夫。リュウくん…時間ある?」
「オレは基本自由人だから。何時まででも大丈夫だけど?」
その言葉に、あたしはホッと安心したため息を漏らした。
「あたしの地元の近くだから、少し遠いけど、いい?」
するとリュウくんはすごく嬉しそうな顔を見せた。
「全然。嬉しいよ。だって、大輪花の育った場所だろ?大輪花の事、もっと知りたいと思ってたから。スゲー嬉しい」
「そう言ってくれると、あたしも嬉しい」
そこには、どうしても今日行っておきたかった。
でも、帰る時間は迫っている。
あたしは、自宅の母に一本だけ、メールを入れた。
『今日は少し遅くなる。ご飯は食べるから』
「これでよし、っと」
メールを終えたあたしにリュウくんは、
「ホントに大丈夫か?親御さん、オレの存在まだ知らねーだろ?」
と、心配してくれたが、あたしは、
「大丈夫。多分、知ってると思う」
そう、意味ありげに匂わせるように言った。
してやったり。
いつも、リュウくんにばかり翻弄され、体も心も彼の思い通りにされている身としては、少しだけ、優越感だった。
母に、直接彼の存在を明かした訳ではない。
けれど、毎日のあたしの行動を見ていれば、気づかないとも思えない。
こんな時母は、普段は見せない鋭さを発揮するのだ。
そんな話題や行動にだけ敏感になる。
それは、一種の彼女の才能だと思っていた。
「なんだよそれ…」
と、彼が言うが早いか、あたしの携帯が鳴るが早いか、程なくして母からの返信があった。
『了解ですよ。あまり遅くならないようにね♪』
やはり、母は気づいているのかも知れない。
あたしは、リュウくんに、ご機嫌なそのメールを見せた。
「ね?やっぱり、気づいてるのかも」
あたしはにやりとして、彼の方を見た。
と、いつになく動揺したような表情の彼がそこにいた。
「オレ…大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、きっと。こんな事なかったから、逆に楽しんでるんじゃない?」
「それならいいけど…。何か言われたら、オレ、ちゃんと行くから」
「そこまで心配しなくていいよぉ。とりあえず、行こ」
今度はあたしから、彼の手を引っ張った。
そして駅に向かい、リュウくんの家とは反対方向の電車に乗り込んだ。

どこに行くかは、まだ秘密にしておいた。
そこは、あたしが、かつてから、デートに行くならそこ、と決めていた場所でもあった。
急だったけど、思い出して良かった。
そこには、どうしてもすぐに行きたい理由があった
今日じゃないとダメなような気もしていた。
カレンダーを見ると、今日は大安だ。
その場所に行くにはピッタリの日だと思った。

彼にとっては謎だらけだろうが、あたしは黙って、その場所に二人で、向かっている途中だった。