夏も本番に入り、いよいよ暑い季節がやってきた。
夏休みが終わると、今度は学園祭の準備に入る。
それが、2学期の一大イベントだった。
これからやってくる夏休みに向けて、あたし達3人は、どこへ行こうかと計画を練っていた。
「でも、大輪花は、相良がいるから、そんなに予定詰めれないよねー」
絵摩ちゃんが茶化すように言う。
「あ、それなんだけど、リュウくん、夏期講習とかで忙しいみたいなの」
「げっ。講習とか行ってんの?アイツ。学校はよくサボるくせにねぇ」
聖羅ちゃんが、少し馬鹿にしたような口調で言った。
確かに、彼は学校に関しては不真面目極まりなかった。
ここ数日間も、来たり来なかったりが続き、1学期の出席日数は、二月分行くか行かないかだろうか。
でも、あたしだけは、なぜ彼が学校に来ないのか、その理由を知っていた。
彼は、少しの間、検査入院していたのだ。
親の病院だからと、あたしはお見舞いを断られてしまったが
毎日連絡は取りあっていた。
自宅のFAXから、授業のノートを送ったりもした。
それを見ていた親は、特に何も言う事はなく、ただニコニコとしてその様を見ていた。
「女の子だからね!」
あたしは咄嗟に、母にそう嘘をついた。
「はいはい」
全てわかっていますよ、というような母の受け流しに、あたしは少し懸念しながら、FAXの前に立ち尽くした。
検査の結果は、以前と変わらなかったようで、悪化はしていない。
が、良くもなっていない。という事だ。
喜ばしいのか、どうなのか。
言葉に迷ったが、あたしはその日のLINEには、『悪化してなくてよかった』とだけ入れておいた。
どんな形であれ、リュウくんが生きていてくれる事は、嬉しい。
幸せな事だと思った。
これから、どんな思い出も共有していこう。
どんな感情も、一緒に感じていこう。
そう、思っていた。
それは、彼もきっと同じ気持ちに違いない。
病院には行けなかったが、きちんと生存確認もできたし、それに…。
夏休みは、二人で遊ぶ時間も作ってくれると約束してくれた。
『どこ行きたいか決めとけ』
そんな素っ気ない文章だったけど、あたしはすごく嬉しかった。
あたしが決めていいのだ。
彼氏ができたら、こんな事をしたい、あんな事をしたい、と、密かに決めていた。
これは、夢か現実か?
確認するまでもない事を、必死で確認するように、あたしは、何度も、何度もLINEを読み返した。
―夢じゃありませんように―
毎日それだけを願い、頬をつねり、リュウくんの存在を確認した。
聖羅ちゃんと絵摩ちゃんとは、夏休み中、どこかキャンプにでも行こう、という話で落ち着いた。
あとは、日程を決めるだけだ。
ただし、自分の宿題は持ち寄る事。
これが条件で、あたしは両親にもOKをもらった。
あたしは、早く夏休みになって欲しいな、と、願っていた。
それと同時に、夏休みに入ると、これまでのように、毎日リュウくんと会えなくなる。
それだけが、少し、寂しかった。

「なあ、今日ゲーセン行かね?」
3日ぶりに学校に来たリュウくんが、休み時間、そうそっとあたしに耳打ちした。
すれ違いざまだったから、誰も気づく事はなかった…と、思う。
あたしたちが付き合っている事は、クラスでは内緒にしようと、決めていた。
「あの事」があってから、公にするのは危険だと、お互いが察知していた。
だから、学校内では、ベタベタしない。
話す内容は、極力LINEで。
そう、決まり事を作った。
そうする事で周りにはバレづらくなるし、あたしはあたしで、二人の秘密をまた共有できているようで、嬉しかった。
この世界は、あたし達だけしか知らない。
たった二人だけの秘密の中で過ごせる喜びを、あたしは感じていた。
それは、リュウくんも例外ではなかったようで、授業中にたまにLINEすると、嬉しそうな笑顔を浮かべながらそれを見ているのを、斜め後ろからあたしは見ていた。
あたしもきっと、同じ顔をしているだろうな、と思いながら。
そして、先ほどの返事の代わりに、あたしは、無表情で頷いた。
彼と放課後デートをするのは、今日が初めてだ。
あの、先日のスタバを除いては。
あれをデートというのか何なのかは、よくはわからない。
何せ、途中から乱入してきたのだから。
でも、あれを一回と入れるのであれば、今日は2回目という事になる。
あたしは、「放課後デート」というフレーズがすごく嬉しくて、飛び上がりそうになるのを抑えながら、はやく授業が終わる事だけを願った。
それを横目に、聖羅ちゃんと絵摩ちゃんは目を合わせ、あたしにニヤニヤとした笑いを向けた。
「大輪花ー。うまくいってんじゃん」
「まあね」
あたしは少しはにかみ気味に、そう言うと、二人に笑って見せた。
「二人のお陰。ありがとうね」
だって、本当にその通りだったから。

果たして、授業が終わり、放課後になった。
あたしは、さっと席を立ち、リュウくんを追いかけようとして、あたしはハッとして立ち止まった。
このまま追いかけて行ってしまっては、彼と付き合っているのが周囲に知れ渡ってしまう。
それだけは、どうしても避けたい事だった。
せっかく隠そう、と二人で決めた決め事が、水の泡になってしまう。
それはいけないだろうと、あたしは少し遅れて付いていく事にした。
が、あたしの考えは甘かった。
彼は、思った以上に足が速いのだ。
歩く速度には追い付いて行けず、あっという間に彼を見失ってしまった。
どうしよう…。
待ち合わせの場所なんて、決めていない。
こんな事なら、きちんと決めておくんだった…。
あたしは、今更ながら、そんな当たり前の事を後悔していた。
携帯を見ても、リュウくんからの連絡は来ていない。
いよいよ、不安になってきた。
あたしは、とりあえず、校門の方に向かってみる事にした。
どちらにしろ、下校なのだから、校門を出なくてはならない。
その時、ふと、ある考えが頭を過った。
…桜。
そうだ。あの、桜の木。
あそこに行けば、会えるかも知れない。
あたしは、一縷の望みをそこに、かけた。

そして、その場所に着いた。
が、リュウくんはいない。
ここじゃ、ないのだろうか…?
あたしは、でも、そこに繋がりがある気がして、リュウくんを待つ事にした。
「おっせー」
あたしが周りをキョロキョロしていると、どこからか、そんな声が聞こえてきた。
聞き覚えのある、あの声。
…リュウくんだ。
でも、どこにいるのかはわからない。
すると、木陰から、彼の足が見えた。
「何も決めてねぇから、ここで待ってれば、確実だと思って」
リュウくんは文句を言いながらも、そうあたしにはにかみながら言った。
あたしたちは、考えている事が、一緒だったんだ。
あたしはなんだかおかしくなり、思わず吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ」
顔を赤らめて若干照れくさそうに、彼がそう言った。
「ううん。あたしもね、同じ事考えてたから」
「そうなんだ」
「うん」
あたしたちはお互いに笑いあい、少しの間、その桜を眺めた。
「大輪花なのに、桜が好きなんて、なんかおかしいな」
そううまい事を言って、彼はあたしに自分の左手を差し出した。
「ほら」
その手を握るのをためらっていると、彼は半ば強引に、あたしの右手を引っ張った。
その力強さが嬉しくて、あたしはその手をぎゅ、と握り返した。
「放課後デート」は、こうして、始まろうとしていた。

放課後は、とても不思議な雰囲気を醸し出す。
それだけで、特別な時間を共有できている気がするのだ。
あたしたちは、何も言葉は交わさなかったが、互いが考えている事は何となくわかった。
「なあ、あれ撮ろーぜ」
ゲームセンターの前を通りかかり、リュウくんが指をさした先には、プリクラの機械が並んでいた。
「うん!」
あたしは嬉しくなり、はしゃいで返事をした。
が、急に恥ずかしくなり、頬が赤くなった。
「よし!どれにしよっか?」
リュウくんが優しく聞いてくれる。
聖羅ちゃんと絵摩ちゃんと撮ったのならあるのだが、リュウくんとは初めてで、あたしは正直、どんな顔をしたらいいのかわからなかった。
でもそんな事はお構いなしに、リュウくんは先へ進んでいく。
彼はそのうちの一台の前で足を止め、あたしを中へと引っ張った。
そうして二人で撮った初めてのプリクラは、あたしが緊張した面持ちで苦笑いを浮かべ、一方で、リュウくんは変顔をしてみたり、満面の笑みを浮かべてみたり、あたしの頬にキスをするふりをしたり、そんな茶目っ気たっぷりの移り具合だった。
出来上がったそれを見て、ため息をつくあたしの横で、リュウくんは、吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。
「お前、もう少しリラックスしろよな」
「そんな事、できないよ!不器用だし…緊張してるし…」
あたしはやっとの思いでそう言った。
すると彼は、「ごめんごめん。お前はそういうやつだった」
そう言って、頭をポンポンと撫でてくれた。
こんな時、彼の方が優位に立っている気がして、あたしは少し悔しい気持ちになった。
当の本人は、そんなあたしの反応を見て、いちいち喜んでいるようだった。
でも、リュウくんが笑顔になってくれれば、あたしはそれで良かった。
楽しんで、あたしと一緒にいてくれれば。
喜んだ顔を、見せてくれたら。
その表情を、仕草を、いつまでも見ていたい、と、嬉しそうにプリクラを眺めるリュウくんを見ながら、あたしは思った。
今のプリクラとは、携帯に画像を送信できるようだ。
そんな機能がある事を知らなかったあたしは、リュウくんに全てお任せで、携帯に画像を送ってもらった。
「これで、LINEのアイコン変えれる」
またも、嬉しそうに彼は言った。
一旦マックに入ったあたしたちは、お互い、携帯を向かい合わせでいじりながら、休憩をしていた。
「ほら」
突然、リュウくんがあたしに携帯の画面を見せてきたので、あたしは手を止め、顔を上げてそれを見た。
すると、携帯のロック画面が、先ほどの写真になっていた。
あたしは死ぬほど恥ずかしかった。
だって、これは、一番最初の画面だから、誰に見られてもおかしくない。
見られてしまったら、一発でバレてしまう。
そんな懸念をしながらも、嬉しい気持ちでいっぱいなのを抑える事はできなかった。
笑顔と困惑が入り混じった顔で、あたしは、
「ちょっ…本気!?」
と、言うのが精いっぱいだった。
「もちろん。だって、こんなわかりやすい愛情表現、ほかにあるかよ」
リュウくんは、相変わらず嬉しそうだった。
残りは携帯のケースに貼り、あたしたちはマックを後にした。

「大輪花てさ、なんかやりたい事ねーの?」
突然、リュウくんにそう尋ねられ、あたしは言葉に詰まってしまう。
「そんなに緊張すんなって。オレの前では、自然体でいて?」
そんな可愛らしく言われてしまうと、益々構えてしまう。
何せ、こんな事も、初めてなのだから。
中学の時は、一緒に帰っただけだったし、公園で暇を少しつぶす程度だった。
それも、その時大塚くんが一方的に話をしていただけ、あたしはそれをただひたすら聞いているだけ。
それですら、恋だと思い、楽しいものだと思い込んでいた。
だから、こんなに気を遣われた事もなければ、あたしを優先してくれた事もなかった。
全てを「あたしを中心」に考えてくれる、こんな心地よい付き合いは初めてだったのだ。
心地よければいいほど、心配になり、不安になる。
何故だかはわからないが、そんな感じに陥っていた。
「あの…ね」
あたしは、勇気を振り絞り、リュウくんに話しかけた。
「ん?何?」
「あたしに…その、勉強を…教えてほしいの」
「はっ?」
「リュウくん…頭いいでしょ?あたし、わからない事とか多くて…」
そう、真面目に言ったつもりだったのだが、彼は目を丸くし、ぷっと吹き出すように笑い始めた。
「な、何かおかしな事言った?あたし…」
「おかしいだろ。デートで勉強って」