「うん、頑張れ!」
聖羅ちゃんの励ましに、勇気が出てきた気がした。
あたしは、意を決して、相良くんにLINEをした。
『こちらこそ、よろしくお願いします』
きちんと絵文字も添えたから、気持ちは伝わっただろう。
何て返事が来るだろうか。
あたしは、神にもすがる思いで、彼からの返信を待った。
ほどなくして、彼から返信が届いた。
『マジで?』
『今どこにいる?』
え?
今から、あたしと会うつもりなのだろうか?
でも今は、聖羅ちゃんと絵摩ちゃんと一緒にいるから…
どうしよう!?
まごまごしてオロオロしているのが、二人にも伝わったのだろう。
また、あたしは返信に詰まってしまった。
と、あたしのケータイに電話が直接かかってきた。
直電も、登録していたの!?
そこに表示されたのは、LINEの通話ではなく、見慣れない、しかし、しっかりと「リュウ」と登録された番号が、ディスプレイに表示されていた。
「誰?相良?」
聖羅ちゃんがすかさずにあたしに尋ねる。
「うん…そうみたい」
「ちょっと貸して」
若干イラついているような、微妙な表情を浮かべ、彼女はあたしのケータイを取り上げた。
そして、勝手に出てしまった。
「もしもし?相良?あたし。聖羅だけど」
聖羅ちゃんは不安げに見つめるあたしの視線をよそに、相良くんとの会話を進めている。
なにやら、少し苛立っているようだった。
絵摩ちゃんは、ニヤニヤしながらその様を見ている。
「あっそ。今、スタバだから、来れば?もちろん、あたしも一緒にいるけど。それでもいいならね。じゃね」
そう言い放ち、勝手に電話を切ってしまった。
「ちょっと、聖羅ちゃん…」
「あ、ごめんね。あんまりに、アイツがデリカシーないからさ。大輪花は今は友達と女子トーク中だっつーのに」
少し苛立ち、でもどこか楽し気に、聖羅ちゃんはそう言った。
「で…どうだって?」
「んー、わかんない。けど、来るんじゃない?」
「え?!そんな、今から!?」
あたしは不意に時計を見やった。
もう、4時を回っている。
もうすぐ帰らなければ。
そんな心配をするまでもなく、程なくして、聞きなれた声があたしの耳に飛び込んできた。
「おい!聖羅!」
「あっ、来た来た。なによ、早かったじゃない」
「おま…どんだけ急いだと思ってるんだよ。それにお前の声が聴きたくて電話かけたわけじゃねーし!」
「あっそ。そりゃそーよね。愛しの大輪花がいるもんねぇ。ただね、今は、大輪花はあたしたちと女子会中なの」
「そんなん知るか。あんな返信もらって、いてもたってもいられねー感情くらい、お前にわかんねーの?」
「あら、わかるわよー。だから、ここ教えたんじゃない」
あたしは呆気にとられて二人の会話を見ていた。
ただ、傍観するしかなかった。
小学校の頃から知っているとは言うけれど、ここまで言い合える仲だったんだ。
あたしは全然知らなかった。
「いいわよー。二人にしてあげる。そのかわり、埋め合わせしなさいよね」
聖羅ちゃんはそう言い放つと、絵摩ちゃんを促し、店を出ようとした。
その時、振り向きざまに、あたしに笑顔を向けて
「じゃね。また明日」
そう言うと、親指を立てて、ウィンクして見せた。
あたしはその後疾風の如く去って行った二人を呆然と見送ると、目の前の現実と、向き合った。
「あ…あの…」
あたしは何を話したら良いのか咄嗟にわからなくなり、しどろもどろになりながら、なんとかその場を繋ごうとした。
「さ…相良…じゃなくて、リュウ…くん」
「ん?」
「聖羅ちゃん…と、絵摩ちゃん…と、一緒にいて…それで…」
すると、リュウくんはハハッと笑いを見せた。
白く光る歯が、すごく眩しく見えた。
「知ってるし。てか、大輪花に限って、他の男と一緒にいるなんて事、全然疑ってねぇから」
「そ…だよね…」
「てかさ、さっきの返信だけど…マジで?」
いきなり核心をつく質問に迫られ、あたしは思わずビクッと体が動いた。
「本当…だけど、なんであたし…?」
「保健室で言ったじゃん。あれ、嘘だと思ってんの?」
「そうじゃないけど。でも…信じられなくて…」
「そうだよな。いきなり、あんな事言われても、信じろって方が難しいだろうから」
「だから…ごめんね」
「気にすんなよ。ゆっくりでいいから。それが、大輪花のペースだろ?」
そう、笑顔を浮かべて言ってくれる彼の心の端々に、今までに感じた事のない優しさを、感じとる事ができた。
こんなに優しい話し方をする男子は、初めてだった。
それまでの、ツンケンした様子とはまるで違う、別人のような、そんな柔らかな雰囲気が彼全体に漂っていた。
ただそれでも、キラキラとした、あたしが憧れた雰囲気はそのまま残っていた。
それがすごく不思議な感じがした。
「ありがとな」
「…え?」
「返信、かなり勇気いったろ」
「そんな事…」
「大丈夫。焦るつもりはなかったし、なにしろ…」
そう言った途端、彼の顔が赤らんでいくのが分かった。
「…オレの、初恋…だから…」
「はっ!?」
なぜ?
どうして?
それが、あたしなんかでいいの?
そもそも、どうして恋をした事がないのだろう?
そんなチャンスなんて、彼には降ってわいて出てくるような状況だっただろうに。
あたしは更に訳がわからなくなり、足りない脳みそをこれでもフル回転させていた。
思考がごちゃごちゃで、嬉しいのか、悲しいのか、何故なのか、そんな感情が入り混じっていた。
でも…幸せな感情も、同時に湧き出てくるのも感じる事ができた。
「初恋…?あたしが…?」
「うん。人を好きになった事はあるけど、あれは恋じゃない。憧れ…そんな感じだな。だから、どうこうなりたいと思った事もなかったし、それがどんなメリットをオレに与えるのかがまず理解できなかった」
リュウくんにとって、それまで、恋とは、損得勘定だったんだな…。
そりゃ、医者のタマゴとして勉強ばかりしていれば、そうなってしまうか…。
当然といえば、当然の事かも知れない。
でも、それは少し悲しいな、とも思った。
そういう感情しか、その時の彼にはなかったんだろう。
人が信用できない、孤独で生きていた、人だったから…。
「でも、大輪花が、オレを変えた。あの時、桜を見た時から。何か違う感情が芽生えて来たんだ。そして、一緒のクラスになって、確信した。オレは、この子とどうにかなりたいと思っている。一緒にいて、一緒に感情を共有したい、そう思うようになった。ああ…これは恋だな、ってな」
少しはにかみながら話す彼に、あたしは愛おしさを感じずにはいられなかった。
「恋…かぁ」
あたしは、遠くを見るような目で、彼から視線を外してしまった。
「あたし…恋に臆病だったんだよね。中学の時…嫌な思いしてさ」
そう言ってあたしは、リュウくんに、過去の出来事をすべて話した。
「そうだったんだ…」
リュウくんは、黙って聞いてくれた。
何も言わず、じっとあたしの手元を見ながら。
あたしは話している時、無意識に手元のストローやらケータイやらをいじくってしまっていた。
それを見られているとは気づいていたけれど、手に汗をかいてしまいそうで、そうしなければいられなかった自分が、いた。
全て聞き終わったあと、彼は、あたしに、
「…てゆーかさ、そいつ…オレ、殴りに行っていい?」
と、静かに大塚くんに対しての闘志を燃やし始めた。
「何言ってんの。もう、過ぎた事だし、第一、もうあの時の事は思い出したくないから…」
「でもよ…。それのせいで、まともに人が好きになれなくなったんだろ?なら、大輪花が恋できなかったのは、そいつのせいじゃん」
「いや…騙されたあたしが悪いんだよ」
「ホントにそう、思ってる?」
彼の鋭い質問に、あたしは一瞬言葉に詰まった。
「少なくとも、オレは許せねぇよ。そこまで大輪花を追い詰めて、恋できなくさせるくらい傷つけて。自分の好きな女がそんな状態になったら、誰だって嫌に決まってんだろ」
「リュウくん…」
そう真剣な眼差しで言うと、彼は、突然ふと、不敵な笑みを浮かべ始めた。
「…ま。オレにかかってくる勇気があればの話だけどな」
え?
それは、どういう意味…ですか?
そう尋ねたかったけれど、リュウくんの顔は笑っていても、目が笑っていない事に気づき、あたしは言葉を飲み込んだ。
まあ、偶然でもそんな事があれば、その言葉の真相はわかるだろう。
そんな事は絶対にないとは思うけど。
「リュウくん…」
「ん?」
「…ありがとう、ね」
「いや。ちょっと、久しぶりに切れそうになったわ」
そう言ってあたしに向けてくれた顔は、いつも通りの優しい笑顔で、あたしは安心した。
リュウくんは、あたしの事を、ここまで想ってくれているんだ。
外見とか、過去とか。そんなどうしようもなくて、変えられる事もできないものを気にしていた、自分が恥ずかしく思えてきた。
リュウくんは、あたしの「本質」を好きになってくれたのだ。
あたし、という、一人の人間を。
その過去がどうあれ、そういう「生き方」をしてきたという事実に翻弄される事もなく。
自分の気持ちに正直に、真っすぐに、あたしに想いを伝えくれる。
その言葉には、嘘偽りなどなく、彼の心からの言葉だと、素直に信じる事ができた。
それは、今、ちょうど確信できたところだった。
しばらくの沈黙が、あたしたちの間に流れた。
どれくらいそうしていただろうか。
見つめあうでも、話をする訳でもなく、ただ、黙って時間を共有するだけの空間に、あたしたちは、いた。
「そろそろ、帰る時間じゃね?」
そう切り出してくれたのは、リュウくんの方だった。
あたしはハッとして時計を見ると、5時になろうとしているところだった。
「あ、そうだね。もう、帰らなきゃ…」
あたし達は席を立ち、家路についた。
帰る方向は逆なので、リュウくんが駅まであたしを送ってくれた。
その間、約10分の間。
不意に、彼の手にあたしの手が触れた。
あたしは咄嗟にそれを離してしまったが、彼はその手を離さず、また掴みなおした。
そして、ぎゅ、と、そのまま握ってくれた。
あたしは恥ずかしくて、リュウくんの顔が見れなかった。
が、横目でちらりと見えた彼の顔は、満足そうな笑顔だった。
歩幅も、歩き方も、これからの「恋」も。
全てを、あたしに合わせてくれる。
リュウくんみたいな男の人もいるんだな…。
あたしは、勇気をだして、その手をぎゅ、と握り返した。
すると彼は驚いた顔をしてあたしを少し見て、反対の手で頭を撫でてくれた。
そこには、会話は一切なかった。
そこにあったのは、ただ、一緒の空間を流れていく、「二人の空間」が、存在した。
聖羅ちゃんの励ましに、勇気が出てきた気がした。
あたしは、意を決して、相良くんにLINEをした。
『こちらこそ、よろしくお願いします』
きちんと絵文字も添えたから、気持ちは伝わっただろう。
何て返事が来るだろうか。
あたしは、神にもすがる思いで、彼からの返信を待った。
ほどなくして、彼から返信が届いた。
『マジで?』
『今どこにいる?』
え?
今から、あたしと会うつもりなのだろうか?
でも今は、聖羅ちゃんと絵摩ちゃんと一緒にいるから…
どうしよう!?
まごまごしてオロオロしているのが、二人にも伝わったのだろう。
また、あたしは返信に詰まってしまった。
と、あたしのケータイに電話が直接かかってきた。
直電も、登録していたの!?
そこに表示されたのは、LINEの通話ではなく、見慣れない、しかし、しっかりと「リュウ」と登録された番号が、ディスプレイに表示されていた。
「誰?相良?」
聖羅ちゃんがすかさずにあたしに尋ねる。
「うん…そうみたい」
「ちょっと貸して」
若干イラついているような、微妙な表情を浮かべ、彼女はあたしのケータイを取り上げた。
そして、勝手に出てしまった。
「もしもし?相良?あたし。聖羅だけど」
聖羅ちゃんは不安げに見つめるあたしの視線をよそに、相良くんとの会話を進めている。
なにやら、少し苛立っているようだった。
絵摩ちゃんは、ニヤニヤしながらその様を見ている。
「あっそ。今、スタバだから、来れば?もちろん、あたしも一緒にいるけど。それでもいいならね。じゃね」
そう言い放ち、勝手に電話を切ってしまった。
「ちょっと、聖羅ちゃん…」
「あ、ごめんね。あんまりに、アイツがデリカシーないからさ。大輪花は今は友達と女子トーク中だっつーのに」
少し苛立ち、でもどこか楽し気に、聖羅ちゃんはそう言った。
「で…どうだって?」
「んー、わかんない。けど、来るんじゃない?」
「え?!そんな、今から!?」
あたしは不意に時計を見やった。
もう、4時を回っている。
もうすぐ帰らなければ。
そんな心配をするまでもなく、程なくして、聞きなれた声があたしの耳に飛び込んできた。
「おい!聖羅!」
「あっ、来た来た。なによ、早かったじゃない」
「おま…どんだけ急いだと思ってるんだよ。それにお前の声が聴きたくて電話かけたわけじゃねーし!」
「あっそ。そりゃそーよね。愛しの大輪花がいるもんねぇ。ただね、今は、大輪花はあたしたちと女子会中なの」
「そんなん知るか。あんな返信もらって、いてもたってもいられねー感情くらい、お前にわかんねーの?」
「あら、わかるわよー。だから、ここ教えたんじゃない」
あたしは呆気にとられて二人の会話を見ていた。
ただ、傍観するしかなかった。
小学校の頃から知っているとは言うけれど、ここまで言い合える仲だったんだ。
あたしは全然知らなかった。
「いいわよー。二人にしてあげる。そのかわり、埋め合わせしなさいよね」
聖羅ちゃんはそう言い放つと、絵摩ちゃんを促し、店を出ようとした。
その時、振り向きざまに、あたしに笑顔を向けて
「じゃね。また明日」
そう言うと、親指を立てて、ウィンクして見せた。
あたしはその後疾風の如く去って行った二人を呆然と見送ると、目の前の現実と、向き合った。
「あ…あの…」
あたしは何を話したら良いのか咄嗟にわからなくなり、しどろもどろになりながら、なんとかその場を繋ごうとした。
「さ…相良…じゃなくて、リュウ…くん」
「ん?」
「聖羅ちゃん…と、絵摩ちゃん…と、一緒にいて…それで…」
すると、リュウくんはハハッと笑いを見せた。
白く光る歯が、すごく眩しく見えた。
「知ってるし。てか、大輪花に限って、他の男と一緒にいるなんて事、全然疑ってねぇから」
「そ…だよね…」
「てかさ、さっきの返信だけど…マジで?」
いきなり核心をつく質問に迫られ、あたしは思わずビクッと体が動いた。
「本当…だけど、なんであたし…?」
「保健室で言ったじゃん。あれ、嘘だと思ってんの?」
「そうじゃないけど。でも…信じられなくて…」
「そうだよな。いきなり、あんな事言われても、信じろって方が難しいだろうから」
「だから…ごめんね」
「気にすんなよ。ゆっくりでいいから。それが、大輪花のペースだろ?」
そう、笑顔を浮かべて言ってくれる彼の心の端々に、今までに感じた事のない優しさを、感じとる事ができた。
こんなに優しい話し方をする男子は、初めてだった。
それまでの、ツンケンした様子とはまるで違う、別人のような、そんな柔らかな雰囲気が彼全体に漂っていた。
ただそれでも、キラキラとした、あたしが憧れた雰囲気はそのまま残っていた。
それがすごく不思議な感じがした。
「ありがとな」
「…え?」
「返信、かなり勇気いったろ」
「そんな事…」
「大丈夫。焦るつもりはなかったし、なにしろ…」
そう言った途端、彼の顔が赤らんでいくのが分かった。
「…オレの、初恋…だから…」
「はっ!?」
なぜ?
どうして?
それが、あたしなんかでいいの?
そもそも、どうして恋をした事がないのだろう?
そんなチャンスなんて、彼には降ってわいて出てくるような状況だっただろうに。
あたしは更に訳がわからなくなり、足りない脳みそをこれでもフル回転させていた。
思考がごちゃごちゃで、嬉しいのか、悲しいのか、何故なのか、そんな感情が入り混じっていた。
でも…幸せな感情も、同時に湧き出てくるのも感じる事ができた。
「初恋…?あたしが…?」
「うん。人を好きになった事はあるけど、あれは恋じゃない。憧れ…そんな感じだな。だから、どうこうなりたいと思った事もなかったし、それがどんなメリットをオレに与えるのかがまず理解できなかった」
リュウくんにとって、それまで、恋とは、損得勘定だったんだな…。
そりゃ、医者のタマゴとして勉強ばかりしていれば、そうなってしまうか…。
当然といえば、当然の事かも知れない。
でも、それは少し悲しいな、とも思った。
そういう感情しか、その時の彼にはなかったんだろう。
人が信用できない、孤独で生きていた、人だったから…。
「でも、大輪花が、オレを変えた。あの時、桜を見た時から。何か違う感情が芽生えて来たんだ。そして、一緒のクラスになって、確信した。オレは、この子とどうにかなりたいと思っている。一緒にいて、一緒に感情を共有したい、そう思うようになった。ああ…これは恋だな、ってな」
少しはにかみながら話す彼に、あたしは愛おしさを感じずにはいられなかった。
「恋…かぁ」
あたしは、遠くを見るような目で、彼から視線を外してしまった。
「あたし…恋に臆病だったんだよね。中学の時…嫌な思いしてさ」
そう言ってあたしは、リュウくんに、過去の出来事をすべて話した。
「そうだったんだ…」
リュウくんは、黙って聞いてくれた。
何も言わず、じっとあたしの手元を見ながら。
あたしは話している時、無意識に手元のストローやらケータイやらをいじくってしまっていた。
それを見られているとは気づいていたけれど、手に汗をかいてしまいそうで、そうしなければいられなかった自分が、いた。
全て聞き終わったあと、彼は、あたしに、
「…てゆーかさ、そいつ…オレ、殴りに行っていい?」
と、静かに大塚くんに対しての闘志を燃やし始めた。
「何言ってんの。もう、過ぎた事だし、第一、もうあの時の事は思い出したくないから…」
「でもよ…。それのせいで、まともに人が好きになれなくなったんだろ?なら、大輪花が恋できなかったのは、そいつのせいじゃん」
「いや…騙されたあたしが悪いんだよ」
「ホントにそう、思ってる?」
彼の鋭い質問に、あたしは一瞬言葉に詰まった。
「少なくとも、オレは許せねぇよ。そこまで大輪花を追い詰めて、恋できなくさせるくらい傷つけて。自分の好きな女がそんな状態になったら、誰だって嫌に決まってんだろ」
「リュウくん…」
そう真剣な眼差しで言うと、彼は、突然ふと、不敵な笑みを浮かべ始めた。
「…ま。オレにかかってくる勇気があればの話だけどな」
え?
それは、どういう意味…ですか?
そう尋ねたかったけれど、リュウくんの顔は笑っていても、目が笑っていない事に気づき、あたしは言葉を飲み込んだ。
まあ、偶然でもそんな事があれば、その言葉の真相はわかるだろう。
そんな事は絶対にないとは思うけど。
「リュウくん…」
「ん?」
「…ありがとう、ね」
「いや。ちょっと、久しぶりに切れそうになったわ」
そう言ってあたしに向けてくれた顔は、いつも通りの優しい笑顔で、あたしは安心した。
リュウくんは、あたしの事を、ここまで想ってくれているんだ。
外見とか、過去とか。そんなどうしようもなくて、変えられる事もできないものを気にしていた、自分が恥ずかしく思えてきた。
リュウくんは、あたしの「本質」を好きになってくれたのだ。
あたし、という、一人の人間を。
その過去がどうあれ、そういう「生き方」をしてきたという事実に翻弄される事もなく。
自分の気持ちに正直に、真っすぐに、あたしに想いを伝えくれる。
その言葉には、嘘偽りなどなく、彼の心からの言葉だと、素直に信じる事ができた。
それは、今、ちょうど確信できたところだった。
しばらくの沈黙が、あたしたちの間に流れた。
どれくらいそうしていただろうか。
見つめあうでも、話をする訳でもなく、ただ、黙って時間を共有するだけの空間に、あたしたちは、いた。
「そろそろ、帰る時間じゃね?」
そう切り出してくれたのは、リュウくんの方だった。
あたしはハッとして時計を見ると、5時になろうとしているところだった。
「あ、そうだね。もう、帰らなきゃ…」
あたし達は席を立ち、家路についた。
帰る方向は逆なので、リュウくんが駅まであたしを送ってくれた。
その間、約10分の間。
不意に、彼の手にあたしの手が触れた。
あたしは咄嗟にそれを離してしまったが、彼はその手を離さず、また掴みなおした。
そして、ぎゅ、と、そのまま握ってくれた。
あたしは恥ずかしくて、リュウくんの顔が見れなかった。
が、横目でちらりと見えた彼の顔は、満足そうな笑顔だった。
歩幅も、歩き方も、これからの「恋」も。
全てを、あたしに合わせてくれる。
リュウくんみたいな男の人もいるんだな…。
あたしは、勇気をだして、その手をぎゅ、と握り返した。
すると彼は驚いた顔をしてあたしを少し見て、反対の手で頭を撫でてくれた。
そこには、会話は一切なかった。
そこにあったのは、ただ、一緒の空間を流れていく、「二人の空間」が、存在した。

