恋。
それは、あまりにも突然やってくる。
意図したわけではなく、又、そうしたいからといってできるものでもない。
あたしは、入学して最初のHRの時から、相良くんのキラキラした雰囲気には気づいていた。
それに、憧れてもいた。
憧れ、というのは、手の届かない相手だからこそ湧く感情であって、手が届いてしまった今、それは、まぎれもなく「恋」に変貌を遂げた。
そもそも、彼は一体なぜ、あたしを選んだのだろう?
考えれば考える程、謎だった。
あたしは美人ではない。
聖羅ちゃんの方がよほど顔立ちは整っているし、あの、「相良くんファンクラブ」のリーダーの方が、派手ではあるがはっきりとした顔立ちをしている。
あたしは…。
特に似ている芸能人もいなければ、スタイルが抜群に良いわけでもない。
ただ、持病のせいで食べられない事が多く、貧相に痩せているというだけだ。
一方の相良くんは、髪は金髪、ロシア人と日本人とのハーフのようなキレイな顔立ちをしており、そのうえ長身、頭脳明晰で運動神経も良い。
到底、あたしと釣り合うような男子ではないのだ。
少しワルぶっているところも、孤独で人を滅多に寄せ付けないような所も、ミステリアスさを醸し出し、女子にウケる事は間違いない。
そんな、非の打ち所がない男子とあたしなんかが一緒にいたら…。
それこそ、あたしは笑いものになってしまう。
浮いてしまう事は、目に見えていた。
もっと、相良くんに釣り合うような女子にならなければ。
そう一念発起したあたしは、聖羅ちゃんと絵摩ちゃんに協力してもらう事にした。

「え?メイクをしたい?」
「うん。だって、こんな貧相な顔じゃ、相良くんと一緒に歩いていても、笑われるだけ…」
「そんな事ないと思うよ?大輪花、派手ではないけど、顔立ち整ってるし」
絵摩ちゃんがすかさずフォローしてくれたけれど、あたしはどうしても納得がいかなかった。
「この、一重の目さえなんとかなればなぁ…」
そう、あたしは呟きながら、鞄から鏡を取り出し、自分の顔を見てみる。
鏡は好きではない。
自分の顔だけでなく、その時の自分も一緒に映し出されているかのようで、見るのが怖くなる時がある。
鏡は、心までもを映し出すのだ。
すると、ため息をついたあたしの後ろからのぞき込んでいた聖羅ちゃんが、鏡越しに言った。
「大輪花、あんた、メイク次第で二重になるよ」
「え?プチ整形とか?」
「やだなぁ。違うよ。よーく見てみて」
聖羅ちゃんはそう笑いながら言うと、あたしの目元を少し上げて見せた。
「大輪花、アイライン引かないでしょ?少し引いてみるといいよ。それに、マスカラ塗る時は、瞼を抑え気味に塗る事。そうすれば、少し時間はかかるけど、確実に二重になれるから」
「そ、そうなんだ」
「そ。あたしだって、元は一重だったんだよ」
「えっ!?うそ?」
あたしはにわかに信じられなかった。
だって、聖羅ちゃんは、化粧なんてしていないかのように見えるのに、くっきりとした二重だからだ。
「アイプチとかでもないんだね」
「あれは、ただのノリだからね。かぶれちゃったんだよね」
「そっか…色々あるんだね」
「まぁね。だって、好きな人に可愛く見られたい、ってのは大輪花だけが持っている感情じゃないし。あたしだって例外じゃないしね」
「それに、恋すると、自然に女の子は可愛くなるんだよー。幸福ホルモンが出るんだって」
絵摩ちゃんが、そんな豆知識をくれた。
「そうなんだ」
だから、彼氏がいる女の子は、みんな可愛く見えるんだな。
あたしは妙に納得してしまった。

夏休みが近づいた、ある日の放課後。
あたしたちは、いつも寄るスタバで、そんな会話を楽しんでいた。
と、突然あたしのケータイが鳴った。
慌てて開くと、相良くんからのLINEだった。
「相良でしょ」
聖羅ちゃんの読みは鋭い。
「う、うん。ごめんね」
「なんで謝ってんのー。全然いい事じゃん。逆に、うまく行ってない方が心配になるわ」
笑いながらそう言ってくれる聖羅ちゃんに感謝し、あたしは改めてLINEを見た。
『暑くて死にそ』
あたしは思わず、吹き出してしまった。
彼からのLINEは、いつもこんな感じだ。
勉強だるい、とか、体調子よくねぇ、とか。
授業出るのだりー。後でノート見して。とか。
そんな、普通のだれでもするような会話ばかりだ。
だから一見、付き合っているとか、相良くんがあたしを好きとか、そんな風にはLINEからは推測できないだろう。
普通の友達がするような、何気ない会話ばかりなのだから。
それでも、そのLINEのやりとりは、あたしにとっては宝物だった。
そんな何気ない内容でも、あたしだけには、弱音を吐いてくれてる。
あたしだけが知っている、彼の本当の姿。
それが見えている気がしていた。
でも、ただあの時、具合の悪さに絆されて、勢いであんな事を言ってしまったのかも知れない…という不安は、常につきまとった。
あれから3日。
次の日、彼は学校を休んだが、その次の日には元気に学校に来ていた。
休んだ日、あたしは学校に行っていた為、あまりLINEもできなかったが、休み時間の度に開いてみると、物凄い量のLINEが送信されていた。
それはどれも、暇だ、相手しろ、寂しい…そういった内容だった。
あの時の核心に触れるような言葉は、一切なかった。
学校でも、相良くんの態度は相変わらずだった。
あたしとたまに目が合う程度で、話しかけられる事も特になかった。
でも、あたしのあげたシャープを、今までは制服の内ポケットに入れていたのが、ジャケットの胸ポケットに入れる位置が変わった。
それが、彼のサインだったのかな、とも思った。
核心に迫る言葉を聞いて、現実かどうなのか、確かめたい気持ちもあった。
が、それは、あたしの過去の思い出が邪魔をしていた。
どうせ、また、いなくなる…。
そんな思いが、どこか抜けないままだった。
あれ以来、あたしは疑心暗鬼になり、恋自体を恐怖に感じ、男子というものを信じられなくなってしまっていた。
だから、相良くんのこんな何気ない会話が、逆に嬉しかった。
核心に迫ったら、終わりだ。
この恋は、終わってしまう。
あたしは何となく、そう感じてしまっていた。
すると、またLINEが鳴った。
「お熱いねぇ」
聖羅ちゃんが茶化して言う。
「そんなんじゃないよ。見る?内容」
あたしは苦笑いを浮かべ、聖羅ちゃんにLINEを見せた。
新しいメッセージは、まだ開いてはいなかった。
「ん?この新しいのだけ、なんか雰囲気違うけど?見る?」
聖羅ちゃんがそう言って、あたしにケータイを返してきた。
あたしは疑問に思いながらも、そのメッセージを確認した。
『返事、いつでもいいから』
…?
何の返事だろうか?
あたしは、それを見ても何もピンとこなかった。
むしろ、なにかをお願いされていただろうか、という疑問すら湧いてきた。
「返事って…何だろう?」
独り言のようにあたしが呟くと、絵摩ちゃんがすかさず、
「ねえ、大輪花、相良にちゃんと、付き合うって言った?」
と、尋ねてきた。
「ううん。好きだと言われただけ…」
「それだ!」
聖羅ちゃんが突然、声を荒げて言った。
「それ、暗黙で、付き合ってください、って言われたんだよ。大輪花…それにも気づかなかったの?」
「うん…。だって、似たような事、前もあったし…」
「前って?相良と?」
「ううん。中学の時ね。その時、あたし、一人で浮かれちゃってたから…違うのかなと」
「そんなわけないじゃん!」
「…そうなの?」
「そうだよ!小学校から見てるあたしが言うんだから、間違いない。確かにふざけた奴だけど、そんな事で無駄に人を傷つけたりしないよ、あいつは。それだけは保証する」
聖羅ちゃんは、あたしの肩をポンポン、と叩いて言った。
「アイツに、ちゃんと返事、してあげなよ。大丈夫。信じてやりなよ」
あたしは、その言葉を信じようと思った。
確かに、彼は今まで見てきた男子とは、違う何かを持っていた。
感じたことのないオーラや、雰囲気があった。
話し方、話題、一つをとっても、これまで出会った男子とはわけが違った。
だからそんな、くだらない事はしないだろう、と、内心期待する自分もいた。
聖羅ちゃんが言うのだから、間違いはないだろう。
でも…何て返そう?
あたしは思い悩んでしまった。
返事…そんなものを期待してくれていた事自体が、あたしにとっては意外以外の何物でもなかったからだ。
返信に迷っていると、絵摩ちゃんが、
「とりあえずさ、わかったよ、て言ってみたら?それか、尾辺凱します、だね」
と、アドバイスしてくれた。
そうか!
そうやって返せばいいのか。
そうしたら…あたしは、相良くんの、「彼女」になるのだろうか?
どのように付き合いなど始まるものか、初めてのあたしには、よくわからなかった。
中学の時は、勝手に一人で舞い上がっていただけで、毎日一緒に帰っていただけだった。
それを、あたしが良いように解釈してしまったから、アイツらの思う壺にはまってしまったのだった。
考えてみれば、好きだ、も、付き合おう、の言葉もないままだった。
そのまま一緒に帰り、日誌を書くのを手伝ってもらい、イジメから助けるフリをして、そんな「偽善」に、はまりこんでいただけだった。
だから…、こんな純粋に気持ちをぶつけられたのが初めてで、それにどう対応したらいいのかが全くわからないのだ。
大体、付き合うとは、どういう事なのだろう?
男女交際とは?
好き、という感情とは?
恋愛とは、一体、どのように展開するものなのか?
そんな事すら、よくわかっていなかった。
「ねぇ…聖羅ちゃん、絵摩ちゃん」
「ん?何?」
「恋愛ってさ…どうやってするものなのかな?」
あたしは率直にそう質問してみた。
すると二人とも目を丸くし、吹き出すように笑い始めた。
「そんなの、簡単だよ。やり方なんてないの。ただ、好きだから一緒にいて、色んな感情を共有する事なんだよ」
「感情を…共有?」
「そう。だから、色んな所にデートに行ったら、ああ、楽しいな、とか。キスをしたら、ああ、触れ合ってるな、幸せだな、とかさ」
聖羅ちゃんがサラッとそんな事を言うものだから、あたしは「キス」という言葉に過剰反応を示してしまった。
「キ…キス!?それって、絶対にしなきゃだめ!?」
「いや、しなきゃだめ、っていう定義はないけどさ、一緒にいたらしたくなるもんだよ」
「そんなもんなの…?」
「そうだよ。好きな人には、触れたいと思うでしょ?触れたら、もっと好き、が伝わるような気がするんだよねぇ。相良も、それを求めてると思うよ?」
「さ…相良くんが!?あたしと、キスを!?」
「キスだけじゃないよ。もっと他に、触れ合う方法はあるからね」
聖羅ちゃんのその一連の言葉に、あたしは妙に納得してしまった。
さすがは、恋愛上級者。
彼氏がいると、色んな事を知ってるんだな。
あたしが感心していると、
「そういえば、絵摩は、彼氏どーなった?」
「え?瀬戸くんの事?」
「そうそう。あれからどーなったのかな、って。もう、一年も前の話だけどね」
「え?!」
絵摩ちゃんにも、彼氏がいるの?!
そんなの初耳だし、そんな素振り見せた事なかったのに…。
あたしは、ただただ驚くばかりだった。
「んー。彼とは、もう終わったかなー。だから、今は、とりあえず、片思い相手から募集中かなー」
「絵摩は、自分からいくタイプだもんね」
聖羅ちゃんが茶化す。
それを茶化しと捉えずに、自分の「性質」としてとらえる絵摩ちゃんは、怒るでもなく、ただ笑顔で、
「そうなんだよねー」
と、言っただけだった。
みんな、それぞれ、違った形での恋愛を経験している。
あたしみたいな紛い物に騙される事なく。
ちゃんと、真実を見極めているんだ。
あたしも、きちんと、そうなりたい。
相良くんと、そうなれるように。
自分自身を磨くのと、感性を研ぎ図ますんだ。
「あたし…返信してみる」
そうあたしは宣言した。