葵が言った。

この世で一番辛いことは、呼吸しなければ生きていけないことに気付くことだ、と。

勉強を教えてもらう合間にテレビのバラエティーを見ていた時だった。

声高に芸能人が恋人がいなくて辛い、仕事がなくて辛いと叫ぶ中、葵が小さく言った。

その言葉は、教科書に載っているどんな言葉よりも、あたしの心に強く印象づいた。

あたしがどういう意味ななのかと聞き返すと、葵はテレビに視線を向けたまま続けた。

今まで何も考えずとも当たり前に出来ていたはずの呼吸を、意識しなければ出来なくなってしまうことが一番辛くて、怖い。

言っている意味は理解出来るのだけど、あたしには持ち合わせていない感情だった。

だから、あたしにはよく分からないと答えると、葵は怒るわけでも、それ以上何かを付け足すでもなく、そうかと答えた。





あたしは息を吸い、そしてはいた。一日のうち何度も、寝ている間さえ繰り返すこの行為を、ずっと意識し続けるというのはどういうことなのだろうか。


あたしはあたしの呼吸を思い出す度に、葵のことを考えた。