夏時計



息が切れる。

呼吸が上がる。


だけどそれでも走った。




畔道に足を取られ
電灯の少ない田んぼに囲まれた暗闇の中で、僕はただ前に進む。


夜に鳴くセミが僕を焦らせて。

遠くに聞こえる花火の音だけがやけにリアルに聞こえた。






「深羽っっ!」


誰も居ない改札を抜けていつも彼女が座ってるはずのベンチへと叫ぶ。




「……深羽?」


だけどそこに彼女の姿はなかった。

替わりにベンチに置かれていたのは飲みかけの、無糖コーヒー。




『やっぱ、無糖だよね。』


反芻する、深羽の声。



「……だから、飲めないっての…。」

僕は根っからの甘党なんだから。



彼女の居ないホームで
僕は小さく笑いをこぼした。



まるで、彼女に向けるように。