夏時計



嫌な予感がしたんだ。



――『私、禅と会えてよかった。』

あの言葉はやっぱり、最後を意味していた。



じゃなきゃ、彼女の泣きそうな笑顔の理由が見つからなくて。

階段を降りて人混みをすり抜けたその瞬間、ドンっ!と打ち上がった花火にわぁっと歓声が湧いて、僕は足を止めた。





『禅、あのね。』

『絵を書いてるの。ここから見える、景色を。』



あぁ、どうして僕は。



彼女の笑顔の奥にあるその悲しみを

深羽の心にある傷に

気が付いてあげられなかったのだろう。




夏が終わる、その直前の切なさをあの時、確かに感じていたはずなのに。


「…っくしょ…っ!」



僕は再び走り出した。

色とりどりの夜の花が咲き乱れる石段を
踏み締めるように走る。


止めどなく滲む汗が
涙なのか、僕にはもうわからなかった。