その時、美貴のバッグの中でスマホの着信が鳴った。

「もしもし?」

『あぁ、美貴か?』

 いつも優しくて渋めで心地のいい父の声は、いつも美貴を安心させた。

『美貴が帰ってくるまで待とうと思ったんだが、声だけでも先に聞きたくてな』

「ほんと、心配性ね、今ホテルに向かってるとこ。パパはなにも変わりない? 後、三十分くらいでそっちに着くから」

『美貴、折り入ってお前に話がある。ホテルに着いたら一番にパパのところへ来なさい』

「うん、わかった」

 そう言って電話を切ると、父の声に美貴は胸になにか小さな引っかかりを覚えた。

(話ってなんだろう……?)

 顔が見たいだけならわざわざ改まって話があるなどと言わないだろう。それに、どことなく思いつめたような澱んだ声がなんとなく気になった。


「水野、今、パパから電話だったんだけど――」

「はい」

「……やっぱりなんでもない」


 根拠はないが何か嫌な予感がする。水野に父の様子がおかしい、とそれとなく尋ねてみようかと思ったがやめた。水野は美貴の撤回した発言を気にすることもなく無表情で黙っていたが、しばらくすると口を開いた。


「政明様は、美貴様に会いたくて昨日からうずうずしてらっしゃったんですよ。フライングでお電話だなんて、政明様らしいですね」


「そ、そうだね……あはは」


 首都高速のトンネルに入ると、窓ガラスに映る乾いた笑みを浮かべた自身と目が合う。


(きっと気のせいだよね……)


 美貴は、先ほどの電話を気にするのをやめ、グランドシャルムに着くまで水野に卒業旅行の土産話でもすることにした。

「水野、旅行の話なんだけどね――」

再び旅行の事を思い出して美貴はむじゃきに身を乗り出し、運転する水野に話しかける。
そんな美貴はまだ何も知らなかった。絶望という名の底に突き落とされることを――。