エレベーターのドアが開くと、「また、そんなこと言うの?」とケラケラとした明るい笑い声が聞こえた。


少し伸びた前髪が邪魔で、一度かきわけてみると、目の前には広重がいた。


意識せずにはいられないのに、付き合う前と同じ私にならなければならない。


広重をうざいとか、思っていた頃の。


「水谷っちさ」と広重は私に気が付いていないみたいで、隣に立つ彼の同期の水谷(ミズヤ)めぐみに話しかけていた。


彼だって変わらない。


彼女とだって、前から仲が良かったのも私は知ってるし。こんな光景なんて何度も見かけた。


それなのに、心に火が付いたみたいだった。


彼女の整った顔立ちに、隙のないメイクと服装。ふんわりと巻かれた髪の毛


一見しっかりした女の子、といった印象なのに、話してみると、それを裏切るおっとりした性格。それが、ときたま可愛げで男から見たら、少し小悪魔要素を含んでいそうで恐かったんだ。


彼女のことなら、好きになってもおかしくないと私でさえ思うから。


変わってしまったのは、私だった。


「おはよう」と言って、首に下げてたセキュリティーカードをピッと押し当てた。


「おはようございます」という声が慌てたみたいに聞こえた。