「ワシもずいぶん歳を取ったものだな…だが、この30年もの間家名存続の為に奔走した日々は、ワシの誇りじゃ」

十兵衛は朝靄の中庭先に見事な枝ぶりの松の木を見ながら己の半生を振り返っていた。

家柄、能力、殿の信頼…それを考えたら筆頭家老になってもおかしくないはず

しかし愚直な十兵衛は

「それがしにとって黒田家が全て。家名存続の為とは言え藩の暗部を統率していたそれがしが重職につく事は、家名存続の為尽力した今までの家臣一同の絶え間ない努力を裏切る行為。それがしは家老の末席に連ねられているだけで満足でござる」

と言って辞退していたが、その言葉には裏は無く、残りの人生でどのように仕えるか…そんな男である。