「紅音さん、俺さあ」



弱々しいながらも、少しだけ掴まってる伊吹の手に力が入った。
その声は腹筋に力が入ってないように薄いものだけどあたしは聞き逃さない。全部聞いてやるのだ。



「……俺さあ、死ぬのこわくねえんだ」



薄い声が次々と剥がれ落ちるように、伊吹は言葉を紡いだ。
あたしが黙って前を見てるから、聞こえてないと思ってるかもしれない。いいよそれでも。

本音なんだろ。

大丈夫、聞いててやるから。



「諦めてるわけじゃねえし、疲れたわけでもねえんだけど、ぜーんぜんこわくねえ。最強なのかも」



伊吹が笑った。ハイハイ、最強最強。


潮風のにおいとかすかな波の音。
見慣れた景色と聞き慣れた声に、ふと、腑に落ちた気がした。


そうか、誰もが




「誰もが将来のために勉強、するだろう。未来のためにいろいろなことを学ぶだろう。今この時に。
でも、死は誰にでも100%来るのに、誰も考えてない。誰も勉強しない。だから、死というものはこわいんだ」




茅野先生が、言ったんだ。

あたしら女組がぞろぞろ揃って自宅に戻ってきた伊吹に始めて会いに来た日に。

始めて会ったときに、茅野先生はそう言った。