ーーーそれは、私が小学三年の頃だった。



『サチ。これ、父さんからだ』



そう言って、お父さんが出したのは当時流行っていたリサちゃん人形だった。


漆黒の長い髪、ピンク色のルージュ、ぱっちり二重に茶色のアイシャドウ。栗色の瞳。真っ白な肌。


当時の小学生は、一人一体は持っていたと言われていて、ファン層は幅広く社会人の女性までもその魅力に嵌っていた。


リサちゃん人形用の衣装や装飾品も多数発売されていて、ドレスを着せて髪を巻いたり、テニスウェアを着せてラケットを持たせたり、ボーイフレンドのヨウタ君人形と手を繋がせたり。


リサちゃん人形は、社会ブームになった。



『うわぁ!可愛い‼︎でも、どうして?誕生日じゃないよ?』


『いいんだよ。いつも良い子でいるサチへのご褒美だ』



誕生日でもクリスマスでも、何でもない日に買ってくれるなんて珍しい。思い返す限りない事だった。

だけど、お父さんの笑顔に私は深く考えなかった。



『こんなに手が荒れて……本当にありがとうな』



お父さんは一回り小さい私の手を取ると、カサカサの肌を労わるように優しく撫でた。


母親はあまり家事が得意じゃなかった。
洗濯させるとゴワゴワになるし、干し方も雑。食事の準備は、皮を剥くと身まで削るし卵焼きすらろくに出来なかった。

いつからか、自然と家事は私がするようになっていた。