「医者なんて、所詮無力だよ……」



そう呟く哲二さんが、消えてしまいそうなほど弱々しくて、私は何も言えなかった。




その後、シュウのご両親が延命治療を希望しない旨の書類にサインをした。

原田先生はそれを厳粛に受け止め、「最後まで尽力を尽くします」と深々頭を下げて部屋を出て行った。




「菜摘さん…私、寄りたいところがあるので先に帰ってて下さい」



時刻は午後四時。

今日はとりあえず帰る事になった私達は、病院の駐車場に向かった。
運転席に乗り込んだ哲二さんを確認した後、助手席に乗ろうとする菜摘さんに声を掛ける。



「寄りたいところ?」


「シュウとよく行ってた広場があるんです。友達もいるし、久しぶりに顔出して来ます」


「そう……わかったわ。遅くならないように帰って来るのよ?」



菜摘さんは私の手をそっと握ると、心配そうに眉を下げた。


多分、私が帰って来ないと思ってるんだろう。

私の帰る場所は哲二さんと菜摘さんの家しかないのに。


だけど、今は素直に返事が出来なかった。

哲二さんと言い合ってしまった。
それも帰り辛い原因だけど、あの家にいるとシュウがいないことに気が狂いそうになるんだ。


私は曖昧に作り笑いを浮かべて、「行ってきます」と菜摘さんに背を向けた。