週があけ、大学では講義が再開し、人々は週の終わりを目指して重い腰を上げる。
 電車は本数を増やし、世間は慌しさを取り戻していく。そして、それは私も同じ。
「ふぅ」
 自宅から二十分、最寄り駅から二つ隣の駅前、
 私は手に持ったステンレスの容器を下ろすと、額に光る汗を拭っていた。

 目の前に広がるのは、容器や鉢に入った色とりどりの花々。
 デージー、アネモネ、チューリップ。
 それらは、違った香りを放ちながら、短くてそれでいて鮮やか過ぎる命を燃やしていく。
 私はその可憐な植物の行く末を見守りつつ、花屋のバイト店員としての仕事を全うしていた。

「侑子さん、容器の水、変え終わりましたよ」
 全部で五十は越えるだろうプランターの水替え、地味だが楽なものじゃない。
 今の季節はいいが、冬などは悲惨なものだ。
 悲鳴をあげながら手を摩っていた記憶はまだ新しい。
 私は一仕事終えると、侑子さんに声をかける。
 彼女はお店の奥でのんびりと椅子に座り、足を組んでいた。

「ありがとう、あと栄養剤入れておいてもらえるかな」
「了解です」
 歳はまだ二十八、腰辺りまである黒髪を後ろで括り、私と同じ紺のエプロンをゆったりと羽織る女性、それが侑子さん、このフラワーショップ【紫苑】の店長だ。
 大学一年の春に駅裏を歩いていた時、花の香りに誘われて足を運んだお店、それが紫苑だった。

 初対面にも関わらず、「君は店員の見込みがあるね」の強引な一言により、いきなり店員に採用されたことは未だによく覚えている。
 慣れない仕事に始めは戸惑うばかりだったけれど、今では案外楽しんでこの仕事をやっている。
 私は、くるりと店内を見渡した後、壁にかかった写真へと目を向けた。

 そこに写っていたのは、一面に咲き乱れる紫の花、お店の名前である紫苑の花だった。
 その別名は反魂草、その花言葉は【遠い人を想う】。
 この花屋さんは、二十代で亡くなった旦那さんとの夢であり、あの写真も二人の思い出の場所で撮ったそうだ。

 侑子さんがお店の名前を口にする時、彼女はその写真を見つめ、過ぎ去った昔を懐かしむように言葉を口にする。
 まだ、その思い出は自分の中に残っているのだと、そう自分に言い聞かせるように。
 私は、そんな侑子さんの言葉を黙って聞いていることしかできず、少し心が痛む。
 何もできない、ただそこにいることしかできない無力さが身に沁みて、つらかった。