王と魔女が国から一気にいなくなるという異例の事態にも、城の者たちは迅速に対応してくれた。

 あたしたちは予定として多く見積もっても一週間以内にはウェズリアに戻ってくるつもりでいた。

 その程度なら、優秀な城の者たちは王が不在でも仕事を回していける。

 リカエルさんは、大臣や宰相たちと対等に渡り合って国の運営を行ってくれているらしい。

 あの人本当にただのメイド長なんだろうか。優秀にも程がある。

 そして、その補佐としてクコとクレアがつくことになった。

 二人とも、使い魔がいなくなった当初はすごく傷ついていて、なかなか行動できる状態じゃなかったけれど、今はなんとか生活できる程度には精神を保てていた。

 動いている方が気が紛れるらしい。

 こちらについてきたがったが、断った。

 そんな状態でまだ見知らぬ土地に連れて行くのは不安要素が消えなかったし、招待されていたのがカカオとあたしだけだったからだ。

 他国へ招待されるというのに、供に行くのに許されたのはウェズリアではあたしだけ。

 だから、普段国交に向かう際は必ずカカオのそばにいるはずの護衛部隊はエディさんもフランさんもウェズリアでお留守番となってしまう。

 こればかりはどうしようもない。

 準備でバタバタとあちこち走り回っていた昨日、二人に塔に呼び出された。


「まおさん」


 塔に入ると、室内には部隊長の二人しかいなくて、しん、と静まり返っていた。

 いつになく真剣な表情で、フランさんはあたしの目を見つめる。

 魔力の濃さを表す青の瞳が、正面から真っ直ぐにあたしを射抜いた。


「貴女なら、言わずともわかっているでしょう。言うまでもない。そう信じております」

「……はい」


 低く発せられたフランさんの言葉を、ゆっくりと飲み込む。

 その隣で腕を組み、机に軽く腰掛ける様にしてこの様子を見ていたエディさんが、からりと笑った。


「そんな硬くなるなって。まぁつまり」


 ふ、と表情が抜け落ちる。


「陛下を必ず御護りしろ。それだけだ」


 元気だった声が、す、と冷え切り研ぎ澄まされて、背筋を冷たいものが通っていく。

 いつもの彼からは想像できないくらい静かで痛いくらい冷たくて、まるで別人の様な雰囲気を醸し出している。

 その彼をフランさんは一目もせず、声で制す。


「エディ」


 ほんの一瞬、沈黙が落ちる。


「俺たちが言いたかったのはこういうこと!」


 エディさんは次の瞬間にはまた向日葵のような笑みを浮かべてあたしに語りかける。

 二人の言いたいことはよくわかっている。

 その想いも、ひしひしと感じている。

 あたしの第一の使命──カカオを護ること。

 それが、魔女の……あたしの存在意義。

 あたしがこの世界に来る前からその代わりを務め、今でも彼を護り続けている彼らから託された。

 普段あたしに優しくしてくれる彼らは、あくまで個人の感情であって、任務となれば別だ。

 今回、ルクティアという未踏の地に訪れるにあたり、護衛はあたし一人だけ。

 厳しく言うな、という方が無理だろう。


「私たちは、貴女を信じております」


 フランさんが笑って、エディさんが肯く。

 魔女という階級が、彼らからしたら格上であったとしても、彼らはあたしの上司であり先輩だ。

 左胸に手を当て、口を強く引き結んだ。


「この命に替えても、必ず」


 果たして見せる。