小高い丘の上に堂々と君臨する黒曜の王の居城。

 その広大な土地の片隅に位置する塔、幾つも開いている窓の一角で黒髪の巻き毛を揺らす少女が、腕を伸ばして大きく伸びをした。


「いやぁ、今日もいい天気だねぇ」

「そうですね。ここ最近、天気のいい日が続いています」


 呑気に呟いたあたしに、あたしの身の回りの世話をしてくれる侍女 クコはのんびりと答えた。

 ジリジリと照りつける太陽が恨めしい。

 今はまだ湿気の多く、汗ばむ事が多い。


「軽く熱中症かな。身体が怠い」

「〈ねっちゅうしょう〉ですか?何ですか、それ」


 クコはきょとんとして首を傾げた。

 薄紅色のボブの髪が動きに合わせてサラサラと揺れる。

 その仕草は劇的な可愛さである。

 あれ?伝わらない?


「んーと、大まかに言うと身体が熱くなりすぎちゃうと、水分がどんどん出てって熱が出ちゃうの」

「そうなんですか……。この世界ではあまり馴染みがないです。人それぞれ得意不得意はありますが、大抵冷却魔法を使えるので……」

「なるほど、冷却魔法ね。魔法があれば確かに関係ない話かもね」


 それがあれば体温調節も自在にできるし、そりゃ熱中症なんて言葉知らないわ。


「けれど、まお様ほどの魔力と知識がなければ身体の表面のみを覆うという高度なことは出来ませんわ」

「あたしはそんなことできないよ」


 クコの言葉に謙遜して手を振ったけれど、完璧に否定することは出来なかった。

 今のあたしはただの女子高生ではない。

 この魔界ウェズリアの魔術師の頂点に立つ存在──魔女なのだ。

 魔力はどの魔術師よりも強いものをこの身体に有しているという。

 しかし、あたしは魔力を人よりも多く持っているというだけで。

 この世界に来てからこの未曾有の力を使いこなそうと訓練はしているものの、まだ完璧かと言われるとそうでもないのだ。

 現にあたしは氷属性、まさに冷却魔法を苦手としていた。

 水魔法に風魔法を掛け合わせるという繊細さが、どうしても上手く出来ない。

 得意魔法である雷魔法のように力を放出する強さを調節するだけでいいわけではなく、どうしてもその辺は経験がものを言っているようだった。

 この夏の間、だいぶ練習して発動することはできるようになったけれど、まだ得意とは言い難かった。