玄関の鍵を取り出そうとしていると背後から声をかけられた。

『華澄ちゃんだったけ?』

振り返ると智恵美さんだった。

『はい。智恵美さん。どうしましたか?』
私が言うと、智恵美さんは少し離れた道端に停まった車に目を向けた。
車の運転席のドアが開き男性が車から出てきた。

『ほら!アンタの娘だよ!』

智恵美さんは少し大きな声でその男性に声をかけた。
私は足元から血の気が引いて、倒れそうになりガクガクと震えはじめた。

男性は明らかに戸惑っていたが、智恵美さんは又男性に声をかけた。

『アンタが会いたいって言うから連れてきたんだから話でもしたら?!』

私は『やめて!!来ないで!私の父さんはアンタなんかじゃ無い!!』
そう言いながら震える手で家の鍵をバッグから取り出し、鍵を開けて入ろうとしたら、智恵美さんに手を捕まれた!

私は思いきり智恵美さんを突飛ばし家の中に逃げ込み鍵をかけた。

外から『イターイ!!なんなのよあの子!アンタもモタモタしてるから、あの子家に入っちゃったじゃない!』

と声が聞こえたが、私は玄関にしゃがみ込み恐怖と憎悪で震えていた。

微かに男の声が聞こえた。

『強引だよ。それに今の言葉、聞いたろ?あの子は俺を憎んでる。
会いたがってた何て嘘だったじゃないか…。』

智恵美さんの声がハッキリ聞こえた。

『そんなことどうでも良いじゃない。アンタは娘の姿を見たんだし、何があったって親子なんだから。』


私はゾッとした。あの人…。智恵美さんは何もわかってない。
親子だなんて思われたくない。あの人は何処まで母だけじゃなく、私まで苦しめる気なのだろうか?


暫く外で智恵美さんと男の声がしたが、私はそのまま座り込んで居ると、やがて人の気配が無くなった。
でも、私は玄関から立てなかった。


どれ位時間が過ぎたか分からなかったが、
宗ちゃんが玄関を開けると、座り込んでいる私を見て、慌てた声で『どうした?!大丈夫か?』
宗ちゃんが私を抱き起こした。
私はガタガタ震えて返事が出来なかった。


宗ちゃんはゆっくり私をリビングのソファに腰掛けさせてくれて、落ち着かせようと声をかけてくれていたが、その声は暫くワタシの耳に入らなかった。


どの位時間が過ぎたのか分からなかったが、やっと落ち着いた。
宗ちゃんが優しく私に訳を聞いた。

『何があったの?』

私は父親と名乗る男が来たことを言いたくなかったので、『大丈夫。何でもない。』とだけ言った。


宗ちゃんは問い詰めることはしなかった。
温かい飲み物を私に手渡しながら一言だけ言った。

『華澄。何かあったなら、言いなよ。俺で出来ることは何でもするし、話も聞くから、無理はするなよ。』

そう言うと宗ちゃんは母の部屋に入っていった。
私はやっと気が緩んだのか、安心したからなのか、涙がポロポロ流れ持っていたカップの中に落ちた。