眠れぬ夜をあなたと

ゼイゼイと息を切らすケイを見て、跳ね上がった心臓の音が耳鳴りのように頭の中に響いた。

「オーナーが……美湖さんのこと心配して…ね」

「今のが今日最大の危機だと思ったって、もうっ。バッグを引っ張るとかないでしょ」

ホントごめんね、と謝りながらも、ケイの息は上がったままで。

彼もバイトとはいえ、そこそこの酒量は入ってるわけで、それをおして走って来たのかと思うと、叔父の職権乱用的な無茶振りに対して、ため息が出そうになる。

「……気を使わせたみたいね」

ケイは何度か肩で大きく息をした後で、唇を尖らせた。

「それよりもっ。今日は美湖さんが来るって聞いてたから俺、待ってたのにさ。それなのに置いて帰るなんて、冷たくない?」

バイトの邪魔をするつもりはない、という本音とは裏腹に口の端を持ち上げて偉そうな笑みを作った。

「ケイは選択肢なんてないの、分かってる?」

「う……そりゃあ、俺は跪(ひざまず)いた身ですから。……仰せのままに」

ケイは片腕を折り、うやうやしく首を垂れた。彼は言葉を交わすごとに表情が目まぐるしく変わって、見ている人を楽しませる。お店に来る子たちが夢中になるのも頷けた。

ケイは頭を上げると同時に私の右手をさくりと掴んで、歩道橋を登り始めた。

隣りを歩くケイの横顔は穏やかだ。

ただ、いつもは柔らかなケイの髪がじっとりと湿り気を帯び、首筋には幾筋かの汗が伝っていた。

その姿に、何故かドクリと心臓が高鳴る。