眠れぬ夜をあなたと

……志垣さん、いつにも増して強烈だったな。

成本さんに嫌味を言われ志垣さんに絡まれて、今日は厄日なのか。

エレベーターが動き出した途端に、ハァ、と口から空気が漏れる。

本当は店に顔を出して飲みたい気分だけれど。ここで志垣さんに出くわしてしまったら、今、逃亡した意味がない。

それならば別の店で飲もうか、と選択肢をひろげ、エレベーターを降りてから立ち止まる。何秒か考えてはみたものの、今さらどこかへ行く気にはならなかった。

ついと顔を上げ、大きなガラス張りの壁面の端っこにさり気なく飾られた、水瓶を掲げた女神像に目を走らせた。その像の水瓶部分には時計がはめ込まれいて、大きな誕生石が十二石、インデックスの役割を果たしてる。

あまりに石がゴツいと、本物がオモチャに見えるから不思議だ。

自分が愛でるために置いているだけなのだろう。これ見よがしでないところが、叔父らしい。

時計の短針は、オパールのあたりを指していた。

十時前、か。ケイを呼び出すには早い。
まだ彼の拘束時間は二時間ほど残っているはずだ。

この優雅な時計とはまったく違う、貰ったばかりの猫の壁掛け時計を思い出し、強張っていた口もとが少しだけ緩む。たいして色のない部屋に増えたカラフルな時計は、贈り主のように秒針の音がうるくて。それがまた愛おしい。

やっぱり帰ろう。

石畳風の床には硬質な自分の足音だけが大きく響く。

重い扉を開けて外の空気を大きく吸い込むと、暖かい夜の匂いがした。