「霧山、ちょいごめん、来て」



いつの間にか話を終えた九条が、
私の席まで来ていた。




「大丈夫だよ…どーした?」









「話したいことがあって」




「ん、そっか。いいよー」




大丈夫、大丈夫。



なるべく平然を装って……
普通に、普通に。




「場所、うつそ」



「わかった」




そして私たちは、HRが始まるまでの少しの間、階段の踊り場で話すことになった。





「…あのさ。昨日のことなんだけど…」




「…うん…」




「…お互いに恥ずいからさ、
学校ではふつーにしよーぜ。
放課後とか、暇だったら俺、誘うし」




「うん、いいよ…」




放課後…
遊んでくれるんだ。
一緒にいてくれるんだ…。




嬉しい…



あ、でも待って。
九条をサッカー部に入れなきゃいけないんだよね?



先輩がすごく欲しがってたし…



話さないと、ダメだよね………




「九条、あのね…
私も話したいことがあって…」



「ん?」



「九条はもうサッカーやらないの?」



「サッカー…
要するに、部活には入んねーのかって意味だよな」




「まぁ、そういうことかな」




どうするんだろ、入るのかな
入らないのかな…。



でも、九条のサッカーやってる姿、
好きだったし…



見てたいんだよな………




「やりたい…けど、出来ねーんだよ、今は」




「え、なんで?」




「義妹。」




「………」




なにも言えなくなってしまう。



そうだ、九条には義妹がいたんだ。
ほおっておくわけにもいかないんだ。




お見舞いだって行かなきゃだし、
きっと九条の様子からすると、
お父さんはお見舞いに来てないんだろうな。




でも、ひかる君は?


あ、でも………




ひかる君は違うんだ。


九条のお兄さんではあるけど、
義妹のお兄さんではない。




ひかる君が会いたいって思っても、
九条の “今” の家族が許さない限り
会えないんだ_______




「黙り込まないでくんない?
焦るから、そーいうの」




「…ごめん。また無神経なこと言ったと思ったから……」




「大丈夫だって、そんなの」



「前も、無神経なこと言っちゃったから…ひかる君に…」




「ひかる…?」




「この前、海行ったときに会ったの。
九条のお兄ちゃんに」




「兄貴に…会ったのかよ…」




九条は急に青い顔をして、
俯いてしまった。



まずいこと言ったかも……




「く、九条っごめん!
また無神経なこと……」




「いや、いい。
でも、兄貴なんか言ってた?」




「…瞬をよろしくって」




「あとは?」




「…あとは、言えないよ…」




あの日、ひかる君が言ったこと。



『俺は、兄貴失格だ…』



その言葉が今まで脳裏から離れなかった。




でも、そんな悲しいことを言う理由が分かった。




九条のたった1人のお兄ちゃんだけど、

きっと九条の中では………




お兄ちゃん“だった人”



になってるのかもしれないから……




「いいから、言って」




「でも…」




「言ってよ…」




「っ……俺は兄貴失格だ…って
泣きそうになりながら話してたよ…」




「…そっか」




切なげに瞳を揺らす。



動揺してるんだ。




ひかる君がそんなこと思ってたって
知らなかったから。




九条は、今ここで私の口から聞いたから…



ショックを受けてるのかもしれない…




「ごめんなさい…」




謝らないとだよね。




「なんでお前が謝るんだよ。
気にしなくていーから」




「…九条は優しいね」




でも、その優しさが今の私にはすごく辛いよ。




この胸の痛みは何…?