当然、両者が居なければ物音はしない。
鍵が掛かっていると思ったが、違った。
すんなり開いた扉に驚いた。
「?」
不思議に思いながら、先へ歩く。
“キィ、”
何かが軋む音。
“ゴトッ”
何かが落ちる音。
「誰か、そこに居……」
部屋を覗くと、言葉を失った。
目を見開き、唯々みていた。
嘘だと言ってくれという声が漏れた気がした。
呼吸をすることも
声を上げることも
泣くことさえも
出来なかった。
ごろ、と林檎が転がる。
机に林檎の山が置いてあることから、先程の“ゴトッ”という音はこれだろう。
その音で感情が決壊する。
「う、うあ……——、あぁああああああああ!!!!!」
悲鳴を上げて、呼吸をする。
落ち着こうと理性が動き、ぜぇぜぇと喘鳴になる。
「——母、さ、ま。」
頬を伝う涙は真紅。
激情の緋が見据える先には宙に浮いた足。
その視線を上げると、ぶら下がった胴体。
だらん、と俯いた顔がある。
“ドタドタ”と足音がして、誰かが来た。
恐らく、悲鳴に気付いたのだろう。
転がった林檎を“誰か”が拾った。
『知ってるでしょう?貴方の大事なひとは皆死んでしまうのよ。』
その声が脳裏に張り付いて反芻する。
静かな、薄氷を思わせる空気。
騒がしい様子の周囲には聞こえていないのか、その声は嘲笑って去って行く。
それからの記憶は定かではない。
父の慟哭を聞いた気がした。
屋敷の人々が一様に驚いていた。
やがて、役人や警官が来た。
それから、母の葬儀が行われ、喪に服する。
混乱と絶望と空漠が心を占めた。
メアリーが来た気がしたが、何といったか覚えていない。
また、ローレンスに手を上げたのをぼんやりと覚えている。
何気ない一言に感情が暴走した。
感情を閉ざすことが茶飯事だったのに、何故か出来なかった。
緋い涙が落ち、血のにおいと暴力的な音。
自分のことが、どこか他人事のように感じる。
幸い、ローレンスは大した怪我をしていない様子だ。
落ち着いてから顔を見に行くと、「しょうがない奴だな。」と笑っていた。
何度も繰り返し見る幻想。
薄氷と声。
——深い奈落の底で、男は蹲っていた。
息が詰まるほどに誰の声もしない空間。
地面は凍てつく氷のように冷たい。
「貴様は、戻りたいのか?」
幾度と繰り返される同じ問い。
鍵が掛かっていると思ったが、違った。
すんなり開いた扉に驚いた。
「?」
不思議に思いながら、先へ歩く。
“キィ、”
何かが軋む音。
“ゴトッ”
何かが落ちる音。
「誰か、そこに居……」
部屋を覗くと、言葉を失った。
目を見開き、唯々みていた。
嘘だと言ってくれという声が漏れた気がした。
呼吸をすることも
声を上げることも
泣くことさえも
出来なかった。
ごろ、と林檎が転がる。
机に林檎の山が置いてあることから、先程の“ゴトッ”という音はこれだろう。
その音で感情が決壊する。
「う、うあ……——、あぁああああああああ!!!!!」
悲鳴を上げて、呼吸をする。
落ち着こうと理性が動き、ぜぇぜぇと喘鳴になる。
「——母、さ、ま。」
頬を伝う涙は真紅。
激情の緋が見据える先には宙に浮いた足。
その視線を上げると、ぶら下がった胴体。
だらん、と俯いた顔がある。
“ドタドタ”と足音がして、誰かが来た。
恐らく、悲鳴に気付いたのだろう。
転がった林檎を“誰か”が拾った。
『知ってるでしょう?貴方の大事なひとは皆死んでしまうのよ。』
その声が脳裏に張り付いて反芻する。
静かな、薄氷を思わせる空気。
騒がしい様子の周囲には聞こえていないのか、その声は嘲笑って去って行く。
それからの記憶は定かではない。
父の慟哭を聞いた気がした。
屋敷の人々が一様に驚いていた。
やがて、役人や警官が来た。
それから、母の葬儀が行われ、喪に服する。
混乱と絶望と空漠が心を占めた。
メアリーが来た気がしたが、何といったか覚えていない。
また、ローレンスに手を上げたのをぼんやりと覚えている。
何気ない一言に感情が暴走した。
感情を閉ざすことが茶飯事だったのに、何故か出来なかった。
緋い涙が落ち、血のにおいと暴力的な音。
自分のことが、どこか他人事のように感じる。
幸い、ローレンスは大した怪我をしていない様子だ。
落ち着いてから顔を見に行くと、「しょうがない奴だな。」と笑っていた。
何度も繰り返し見る幻想。
薄氷と声。
——深い奈落の底で、男は蹲っていた。
息が詰まるほどに誰の声もしない空間。
地面は凍てつく氷のように冷たい。
「貴様は、戻りたいのか?」
幾度と繰り返される同じ問い。


