斉藤千穂はコンタクトレンズを買うためにその眼鏡屋に入った。
 いままで使っていたお店は先月でつぶれてしまい、新しい量販店に行こうと思っていたのだがその前にずっと気になっていた眼鏡屋があったのだ。細い路地の中に子供のころからあったその眼鏡屋は、ひいきにしていた店よりもずっと潰れそうな佇まいをしていて窓ガラスには分厚いカーテンがあり店の中の様子も見えなかった。開いているときも未だかつて見たことが無かったのだが、今日に限ってドアの前に掛けられたプレートが「OPEN」になっていて中の明かりも灯っていた。
 千穂がその重いドアを開けると、中には誰もいなかった。そのまま帰ってしまうかとも考えたが、足は既に中に向かっていた。
 狭い店内には様々な形の眼鏡が並べられていて、おもちゃのような面白い形のものからよく見てみなければ眼鏡だとは思えないような造りのものまであった。千穂はその中の一つを手にとりかけてみたが、その店には鏡が一切ないことに気がついた。
「すいません」
 恐る恐る店の奥に声をかけると曇りガラスの戸が開き、長髪の若い男が出てきて千穂は驚いた。こういう店は必ず初老の男が店に立っていると思い込んでいたからだ。
「あの、鏡を」
「その眼鏡は似合ってないからやめたほうがいい」
 男は千穂の言葉を遮るようにそう言った。興味本位で手に取ったおかしな形の眼鏡だったのに突然思いもよらぬ返答が帰ってきて千穂は憤りを感じた。