「行くでぇ~」
ティムがプールに飛び込み、水しぶきがぼくのいるところにまで飛んでくる。
初ライブを大成功のもとに終えたぼくたちは、大はしゃぎでドラムのマシューの車に乗り込むと、ティムの住む集合住宅地の居住者用の共同プールへ直行し、真夜中の水泳を楽しんでいた。
「おい、キョウジも来いよ!」
ティムが、プールサイドの片隅に座り込んで、ちびちびとビールを飲んでいるぼくに手を振る。
「ぼくはいいよ」
ぼくは弱々しく笑顔を作って答えた。
「どうして!具合でも悪いんか?」
「あー、えーと…ちょっとこうして座っていたいんだ」
「…そっか、オッケー!んじゃ気が向いたらいつでも来いよ」
「オッケー」
ぼくは、思った以上に英語を話せている自分に驚きつつ、プールサイドの反対側で会話を弾ませている、ベースのマニシャと美耶子の方に目をやった。
ぼくは、ライブを終えてから、まだ一度も美耶子と口をきいていない。
こんなことは彼女と知り合ってから初めてだが、何を話したらいいのか、まったくわからなかった。
ぼくは、美耶子と出会えた奇跡に心から感謝すると同時に、彼女を失うことを本気で恐れ始めていた。
先ほどのライブで、歌詞の完成した彼女のあの歌をはじめて聴いたぼくは、あやうくその場で号泣しそうになった。
彼女はぼくと出会えた喜びを歌っていた。
何も知らずに聴いていた観客たちは、きっとどこにでもあるただのラブソングだと思ったことだろう。
だがそれは、ぼくにとっては、ここ以外のどこにもない、世界でたった一つの、ぼくのためだけのラブソングだった。
ぼくは、こんなに誰かから愛されていると実感したのははじめてだったし、こんなにも誰かを愛していると感じたことも、おそらくはじめてだった。