「みんな!救世主を連れてきたぜ!」
ティムは音楽室の扉を開くと、ぼくの首に手をまわし、拳を掲げて叫んだ。
室内のあちこちで輪になって座り込んでいる、今夜の出演者たちの視線が、ぼくらの方へ一点に集中する。
「Oh my god!!」
と言って立ち上がったのは、一番お気に入りの、赤いヴィンテージのパーカーを着た美耶子だった。
美耶子はたたたと駆けてくると、ぼくに子犬のように飛びついてきた。
美耶子はいつになく興奮していて、英語が苦手なぼくに気を使うのも忘れて、英語で話し続けた。
「キョウちゃんがいてくれたらなと丁度思ってたところなの!あー、こんなに嬉しい日ってないわ!ティムも愛してる!」
ぼくが抱きしめ返そうかどうか迷っているうちに、美耶子は、今度は横で笑っているティムにの方に飛びついて、彼の頬にキスをした。
「あはは、なーんだ美耶子の彼氏ってキョウジだったんか」
ティムは美耶子を抱きしめ返しながら言った。
ぼくは反射的に女の子のハグに対応できるアメリカ人を羨ましいと感じている自分を認めざるを得なかった。
「さ、早くコーラスの練習しようぜ。まだ自分のパート覚えきれてねえから」
ティムは美耶子の背中をポンポンと叩いて言った。
「そうだね」
美耶子はティムから離れると、かすかに潤んだ瞳をぼくの方に向けて、ぼくの両手をつかむと
「来てくれて本当に本当にうれしい。愛してる」
と英語で言って、ふたたびぼくに抱きついて、ぼくの唇に自分のそれを重ねた。
今度はぼくも、ちゃんと彼女を抱きしめることができた。