『あ!見て!』


不意にカヲルがそう叫んで、遥か前方の空を指差した。


『いよいよ来やがったな』


青い空を垂直に落下している紫色の光の軌跡が見える。


数週間前に聞いた政府の発表によれば、あの隕石が海に落下した場合、高さ約8000mの津波が物凄い速度で押し寄せ、またたくまに世界中の大陸を呑み込むらしい。


政府が急ピッチで建造したコロニーなんて、ひとたまりもないことだろう。


現にお偉いさん方たちは空へと逃げ出したらしい。

仮に持ちこたえたとしても、その激変した環境の中で生きて行くのは極めて困難だろう。


だから、俺とカヲルは選択したんだ。


『綺麗…』


カヲルは青いキャンバスに高速で描かれてゆく紫の亀裂にうっとりとした表情をしている。


『少し痛いけど我慢しろよ』


この言葉はカヲルに、ではなく、愛車に対してのものだ。


―――ガシャア!!


衝激音と共に「通行止」と書かれている看板が弾け飛んだ。
ここからは岬に続く一本道…つまり、この先に道は無い。


『ひゃあっ!!』


カヲルが驚いて顔を叛ける。


『おい!目を瞑っているなんて勿体無いぞ!』


そう…
もう、俺たちの目の前には終末の絶景が迫って来ていた。


『きゃああぁぁ!!凄ーい!凄ーい!!』


空まで届かんばかりに聳え立つ巨大な水壁に、カヲルは泣き叫びながら笑っていた。


それはもはや、恐怖と歓喜が入り乱れている表情だった。


俺たちを乗せた車は限界まで加速を重ね、揺れる景色の中でエンジンの轟音が二人を包む。