ダイコク

目が覚めたとき、ここがどこで、自分が何者なのか、よく分からないような気がした。

ここがいつもの自分の寝室だということが分かるまで、少し時間がかかった。
スクナヒメは、肌にかけられた衣を見つけ、体にかけて、寝台の上に身を起こした。
ここは、いつもの寝室で、昨夜夫が来たのだということが、だんだんと思い出されて来る。
目を閉じて動かずにいると、部屋の扉が開いた。

外からの光は眩しく、目が眩んだ。思わず目を伏せ、スクナヒメは、、
そこに幼いヤチホコの幻を見た。
可愛い子犬のようなヤチホコ。じゃれつくようにすり寄って、不思議な力を使った。
ヤチホコは、それが母親の力だとおもいこんでいたが、、ヤチホコには、人の怪我も傷もたちどころに癒してしまう力があった。スクナヒメのまじないなど子どもだましだったが、 ヤチホコの持つ力は強く、ヤチホコがその事を理解していないことが不思議でならなかった。
母親には、ヤチホコの力が手に取るように分かった。スクナヒメが自分の力をうまく引き出すのを見て、ヤチホコは無邪気に感心した。
私がいないときには、この子はどうしているのだろう。自分の力を知らないままに、危機に陥り、くちはててしまうようなことにはなるまいか。


「母様、今朝は、珍しくうちで父様にお会いしました。母様が臥せっていると聞いてここに来たのだとか。」
ヤチホコは、貝柱の入った粥を母親の枕元に運んだ。父親に言いつけられて来たのだ。
スクナヒメは、頬を赤く染めた。
夫は、普段なら息子に気配を知らせるようなことはしない。
(わざとだわ。あの人ったら、、。)
ヤチホコは、父親が自分の隙を狙っては母親の寝室に足しげく通っていることなど何も気がついていなかった。
ヤチホコの思い違いはこうだ。(美しい母親は、父親に恋い焦がれて寂しさから臥せりがちになった。)少しばかり父親を疑い始めてさえいた。
そういえば、夫は、昨夜の夢の中で、スクナヒメにいくつか教えてくれた。
「ヤチホコは、あれは、メクラかと心配になるのであろう。。」
(しかし)
「気にやむことはない。必要が無いものを見ないだけだ。。ヤチホコは見なければならないものを見て、見てはならないものを見ない。」

夫は予言する。夫の言うことが間違ったことはない。でたらめに行動する人ではない。 今朝の行動にしても、何やら意味があるに違いない。
昨夜は夫の腕のなかで、子どもを思う心細い思いを打ち明けてしまった、。夫は、ヤチホコにも何か知らせておく必要があるとでも考えたのだろうか。

(この人は、本当に分からない。分からないお人だ。。)
父親は、息子のことをほったらかしているわけではない。
むしろ、父親は、ヤチホコをよく理解していた。幼いヤチホコが、母親が愛されることを誇りに思っていたことも、大きくなったヤチホコが、何やら思い違いして、父親に不服そうな目を向けていることも。
何もしなかったのは、ヤチホコもそのうち理解すると思うたからだ。何より、母親との逢瀬をジャマされると、面白くない。
スクナヒメが黙って堪えておれば、今朝も何もしなかったことだろう。
愛しい女人に泣きつかれて、渋々、ヤチホコを子ども扱いしたのである。わざわざ、母親の寝室からヤチホコを呼び、
「スクナヒメを護るのだ」と言いつけて、、粥を持たせた。
母親と息子への愛情を伝えてやったわけだ。
ヤチホコは、ヤチホコで、父親が話したことよりも、もう少し理解した。父親の剣の先に、母親の衣についていた飾りがぶら下げられていた。
そういうことに気がつかれるのは、父親として面白くないに違いない。ヤチホコは余計なことは言わなかった。
昨夜はスクナヒメの衣の飾り紐を引きちぎり、それを手に握ったまま部屋を出た。焦れるあまりに、イライラと、剣の先で、この紐を引きちぎった時のヒメの怯えた顔を思い出しては、ため息をつく。傷つけたという訳ではない。しかし、怖かったやも知れない。どう考えても怖い。刃物を突きつけたわけだ。
次はどう心をほどいてもらおうかと、あれこれ考えたが、、、結局のところ、いつも有無を言わさない流れになってしまう。
愛情は伝わっているのだと思う。拒まれたこともない。その時には、身体を摺り寄せて来ることがある。しがみついて来ることも。
しかし、、なかなか笑顔が見られない。