でも、この不快感が気のせいだとは思えなかった。


「やだやだッ、怖い!」

「あ。井上さん……」


 反射的に、ドアまで走り出す。
 何だかわからないけど、この部屋にいたくない。


 扉の前に立つと、すぐに自動開閉した。
 なのに、動けない。



 目の前には、何故か全身ずぶ濡れの女が立っていた。
 着崩れた浴衣を身につけ、微動だにしない。


 海藻のようにだらしなくのびる黒髪の隙間から、血走った左目が覗いている。



「…………」

 ゆっくりとした動作で、後ずさる。

 体重を感じなくなったセンサーが、扉を閉じていく。
 ピッとオートロックの作動音が無機質に響いた。


「? どうしたんだ、姉ちゃん」


「井上さん?」

 たっぷり十秒は、硬直して呻く。



「幻覚……?」



 なんだ、あの女。
 誰かのイタズラにしても度が過ぎてる。

 実に不名誉なことに変わり者、くせ者揃いの同僚が多いが、こんな悪ふざけをするほど暇じゃないはず。


 とすると……。
 嫌な予感と共に、寒気が倍増する。


 あの人形の力は、私たちの想像以上なんじゃないのか?