「あ…あの…私…」

発した声が震えてる。
自分のものとは思えない。
あの時とはまた違う意味で、忘れられない…と思った。

「あの…昼間…すみませんでした…」

微かに震える指先でカニを拾う。
砂浜に見立てた石の間に置く。
赤いカニはポイントになって、まるで最初からそこにいるみたいだった。

自然と笑みが溢れる。
こんな気持ちになったのは久しぶり…

目の前に好きな人がいる…
それだけで幸せ……


「…コーヒー溢したままで逃げて…すみません……マネージャー、片付けてくださったでしょ…?」

せっかく買ってもらったのに、勿体なかった。
こんなチャンス、滅多となかったのに。

ゆっくりと立ち上がる。
その手を握られた。

「結衣…」

名前を呼ばれて戸惑う。
紗世ちゃんのことを呼び捨てるように、自分も呼んでもらいたかったんだ…と気づいた。

「はい…」

返事をしてみた。
娘でも母親でもない自分がいる。
この人の前では、ただの女でいていい…。

「…今、言ったこと…本気にしていいのか?」

信じられないような顔をする。
ムリもない。
誰かを好きになるなんて、自分でも思わなかったから。

「…して下さい。私の方こそ…さっき言われた事…信じていいんですよね…?」

不自然なほど、お互いに確かめ合う。
まだ何も知らない彼の言葉を、信じることから始めよう。

「嘘はつかない。それだけは約束する」