アキオ・トライシクル~心理学入門編~

「学生証の名前が好美であるのはどうしてでしょう。」
「好美さんはなぜ及川君と賃貸契約を結べたんだろう?」
「それは…契約時の身元確認がおろそかになっていたと自分でも反省しています。」
「マンネリ化による業務怠慢。大学関係者としては不適当な発言だか、同じように大学の学生管理でも、親が再婚したから名前が変わったと申請すれば、ある程度の書類を準備するだけで比較的簡単に登録名も変えられるしね。」
「どうして、名前を変えてまで美大に通う必要があったんでしょう。」
「たぶん、美大に関係なく、故郷を離れてひとりで暮らすためには、人格を維持するために名前を変える必要があったんじゃないだろうか。」
 ホームズのように事態を解説していく教授に、彰夫はぐうの音も出なかった。
「そしてもう一つ明らかなのは、テルミさんが及川君と出会うことによって、今まで保っていた人格バランスが崩れ、行動パターンが不安定になってしまったということだね。」
「なぜでしょうか?」
「原因は学術的調査をしなければわからん。」
「…自分はどうしたらいいんでしょうか。」
「おいおい、僕は及川君が決めたことに助言は出来ても、君の行動を決められるほど賢くは無いよ。及川君はどうしたいんだい。」
「自分は…何らかの理由で彼女たちに選ばれたような気がしてならないのです。出会いはまったく偶然でした。しかしテルミと西浜で遭遇した翌日に、好美が事務所にやってきました。そしてまた好美がきっかけとなって、テルミと再会したのです。」
「なるほど…。」
「だから、テルミが去ってしまったからと言って、このまま関与を絶つわけにはいかないと思うんです。でもそう思うんですけど…。」
 彰夫が杉浦教授を見る目がわずかに潤んできた。
「まったく異なる個性を持つテルミと好美に、どう接したらいいのでしょうか?」
 彰夫の問いに答えずしばらく見つめていた杉浦教授。やがて教授は重い口を開く。
「個性ね…。及川君、まだ時間あるだろう。付き合ってくれないか。」