「大丈夫よ。あれだけ準備したんだから。」
そう言うと好美は、彰夫のあごに指を添え、つま先立ちしながら彰夫の唇にチュウをした。いつもの好美からぬ大胆な行為に驚く彰夫。
「これで元気出た?」
「ああ…。」
「それじゃ、走って試験場まで、いってらっしゃい!」
背中を押されて部屋を出た彰夫は、なんとなく嬉しくなって、好美が言う通りに江ノ電の駅まで走った。妙な懐かしさが、彰夫の胸を温かく包んだ。
宅建試験の結果は、その日から約45日後に発表される。何点以上を取れば合格するといった運転免の形式とは異なり、全国で得点上位者2万5千人前後か、合格率が15%前後になるよう調整された合格ラインを越えなければ資格は得られないのだ。結果だけを先に伝えておくと、好美のチュウも力及ばず、彰夫は今回も合格できなかった。しかし彰夫の名誉のためにも言っておくが、今回の試験では、全国で約19万2千人が受験し、合格者はたったの3万2千人。まさに合格率約16%の狭き門なのである。資格を与える試験ではなく、資格保持者を制限する試験と言っても過言ではない。
受験を終えたばかりではそんな結果を知るわけもなく、彰夫はとにかく無事にやり終えた達成感に浸っていた。だから、今夜はふたりで外で食事をしようと好美を誘ったのも、自然なことだった。ふたりは湘南の浜に近いビストロで、小さいテーブルをはさんで、温かな食事を楽しんだ。ふたりで話しながらも、宅建受験の出来を聞こうともしない好美の心遣いが嬉しかった。彰夫は今朝元気づけて部屋から送り出してくれた好美をあらためて見つめた。灰色の瞳に反射する揺れるろうそくの光を見ながら、心から彼女を愛おしいと感じた。久しく見ないテルミのことを思うと、もしかしたら同一性解離性障害は和らぎ、基本人格である好美に自然に統合されたのかもしれない。外交的になった好美の最近を考えるとそれも十分にうなずける話である。彼女を見つめているうちに、目の前の彼女が、エプロンを掛けた彼女、赤ちゃんを抱く彼女、子供の手を引いて入園式に向う彼女、白くなった髪を気にしながら彼の横でゆっくりと編み物をする彼女へと、次々に変化してみえてきた。彼女とともに年齢を重ねる自分が、彼女とともに過ごす家庭が、容易に想像できたのである。自分の人生に受けいれられる未来だ。彰夫はそう思った。
そう言うと好美は、彰夫のあごに指を添え、つま先立ちしながら彰夫の唇にチュウをした。いつもの好美からぬ大胆な行為に驚く彰夫。
「これで元気出た?」
「ああ…。」
「それじゃ、走って試験場まで、いってらっしゃい!」
背中を押されて部屋を出た彰夫は、なんとなく嬉しくなって、好美が言う通りに江ノ電の駅まで走った。妙な懐かしさが、彰夫の胸を温かく包んだ。
宅建試験の結果は、その日から約45日後に発表される。何点以上を取れば合格するといった運転免の形式とは異なり、全国で得点上位者2万5千人前後か、合格率が15%前後になるよう調整された合格ラインを越えなければ資格は得られないのだ。結果だけを先に伝えておくと、好美のチュウも力及ばず、彰夫は今回も合格できなかった。しかし彰夫の名誉のためにも言っておくが、今回の試験では、全国で約19万2千人が受験し、合格者はたったの3万2千人。まさに合格率約16%の狭き門なのである。資格を与える試験ではなく、資格保持者を制限する試験と言っても過言ではない。
受験を終えたばかりではそんな結果を知るわけもなく、彰夫はとにかく無事にやり終えた達成感に浸っていた。だから、今夜はふたりで外で食事をしようと好美を誘ったのも、自然なことだった。ふたりは湘南の浜に近いビストロで、小さいテーブルをはさんで、温かな食事を楽しんだ。ふたりで話しながらも、宅建受験の出来を聞こうともしない好美の心遣いが嬉しかった。彰夫は今朝元気づけて部屋から送り出してくれた好美をあらためて見つめた。灰色の瞳に反射する揺れるろうそくの光を見ながら、心から彼女を愛おしいと感じた。久しく見ないテルミのことを思うと、もしかしたら同一性解離性障害は和らぎ、基本人格である好美に自然に統合されたのかもしれない。外交的になった好美の最近を考えるとそれも十分にうなずける話である。彼女を見つめているうちに、目の前の彼女が、エプロンを掛けた彼女、赤ちゃんを抱く彼女、子供の手を引いて入園式に向う彼女、白くなった髪を気にしながら彼の横でゆっくりと編み物をする彼女へと、次々に変化してみえてきた。彼女とともに年齢を重ねる自分が、彼女とともに過ごす家庭が、容易に想像できたのである。自分の人生に受けいれられる未来だ。彰夫はそう思った。



