アキオ・トライシクル~心理学入門編~

「彰夫が言ったかどうか知らないけど、母は彰夫が小学校の時病気で亡くなったの。母が死んだ時は、彰夫は気が違ったように泣いて、心が壊れたんじゃないかと心配したわ。なんとか立ち直ったものの、その後はどちらかと言うとあまり感情を外に出さなくなってしまったの。人との関係に冷めてきたのもその頃からだったわ。父が亡くなった時も、案外さっぱりしたものだったわね。」
「そうなんですか…。」
「そう言えばこんなこともあったわ。小さい頃の夏休み、蝉とりから帰って来た彰夫が、よっぽどのどが渇いていたのか、テーブルにあったウイスキーの瓶を麦茶と間違えてがぶ飲みしたことがあったの。」
「それで、どうなったんですか。」
「急性アルコール中毒で病院行き。それ以来トラウマになっちゃって、お酒は一滴も飲まないの。アルコールに対する恐怖は尋常じゃないみたいね。家でも彰夫はお酒飲まないでしょ。」
「ええ、確かにそうですね。でも…私もほとんど飲まないのに、冷蔵庫にはいつも冷酒が入ってますけど…。」
「へんね…。」
 食材の準備を終えて鍋と野菜を持って信子と好美がリビングに出てきた。団欒が始まった。

 克彦は、テルミのマンションで見た男を彰夫だと思ったのは見間違いだったと結論付けると、急に気が楽になった。また、彰夫の友達とは言え、若いお嬢さんを初めて我が家に迎えた嬉しさで、子供のようにおはしゃぎを始めた。克彦は自分が適当に出来あがって来ると、やがてキャバクラの乗りで、飲まない彰夫には目もくれず盛んに好美に自分の焼酎を進めた。
「義兄さん。いい加減にしてよ。好美さんも困ってるだろ。」
 彰夫が義兄を責めるも、好美は笑顔を崩さず克彦の酒を受け入れた。
「いいんです。お義兄さんいただきます。」
 しかし過去一度も他人の家族の団欒に招かれた経験のない好美は、招いてくれた家族に失礼は出来ないと、かなりの無理をしていたのは事実だ。断れない酒の杯を重ねながら、鍋の蒸気とエアコンの熱気が好美への酔いに拍車を掛けた。気がつくと、いつのまにか好美は、彰夫を膝枕にして酔い潰れていたのだ。
「かっちゃん。彰夫の彼女を潰してどうすんのよ。」
「そんなつもりはなかったんだけど…。」
 信子の叱責に、克彦は肩をすぼめながらも、瓶に残った焼酎を手酌でグラスに足していた。
「彰夫、好美さんをソファーに寝かせてあげて。」