この時間さえあれば、今の私は他に何も求める事はないかもしれない。


話飽きても、冬との間にある間は嫌なものではない。


寧ろ、流れていく時間を共に共有している気になって気分がいいのだ。


私が動く気がないことを感じ取ったのか、帰るときは出て行く時のように手は自然に繋がれたものではなかった。


ゆっくり歩く冬の斜め後ろを、私は更にゆっくりと歩く。


冬が教室の扉を開くと、声がひとつも聞こえなくなった。


すぐに元の状態に戻ったけれど、拭い切れない違和感が残っている。


クラスの人達が私達に静かに注ぐ視線に気づかないのは冬だけだ。


気づいているのかもしれないけど、だとしたら、やっぱり冬は嫌な性格をしていると思う。


「そんなところも…」


「ん?なにか言った?」


「別に…」


授業中に今朝のことを何となく思い出しても、思考は自然と彼女との約束にだけ向いた。


珍しいものを見たような、そんな気はする。


それと、なかなか見る機会が無い表情だったから描くのもいいかもしれないと思った。


机の中からスケッチブックを引き出すと、そんな気は失せてしまったけれど。


代わりに、彼女にあんな瞳で見つめられる瞬間を想像して頬が熱くなった。


しまい込んだスケッチブックのリング跡が付いた人差し指を親指でなぞりながら、手汗で湿る指先で唇をなぞる。


日差しに焼かれる彼女の姿を盗み見ると、変化しつつある自分の気持ちはそれのようだと思った。


3時間目が終わると、冬が珍しく私の席の前に来た。


右手にお弁当袋を持って。


私の前の席の人が居ないことをいい事に、我が物顔で座り机の上にそれを置く。


鼻歌を歌いながら包み紙を取ると、お弁当を開いて卵焼きを指で摘んで口へ放り込んだ。


「お腹、空いてるの?」


モゴモゴと動く彼女の頬を撫でながら聞くと、ゴクリと飲み込んだ後広角を上げた。


「早弁するの夢だったの。高校生って感じするでしょう?」


わからなくもない。


…それにしても、人が食事をする姿ってどこか色っぽい。


そう感じるのは、やっぱり…


唇を指でなぞると、冬はジッとそれを見つめていた。


そうしつつ順調に弁当を消費していく彼女の様子を眺めていると、口の前に玉子焼きが差し出された。


黙って口を開くと、彼女が私の口の中にそれを入れてくれた。


指に触れる白い指先を舐めると、少し甘い油の味がした。


満足そうに微笑む冬の後ろから、その様子を人一倍凝視してきた人は今朝の男子だった。


視線が絡まると、彼はバツの悪そうな顔をして反対側を向いた。


「…タコみたい」


「へ?春が食べたそうにしてた玉子焼きだけど?」


しばらく赤く染まった彼の耳を見ていると、冬は食べ歩きながら自分の席へ戻っていった。


見飽きて伸びをしてから机に突っ伏そうとすると、先に机に付いた指先に布の感触がある。


机に落とされたままの彼と同じ色の中に、白い箸が一膳混ざりこんでいた。