見てほしい時にはいつも合わない視線が、今なら私が向けば合う。


歯痒くてもどかしい、いつもの距離に冬がいる。


いつの間にか、三人の空気になれたらからかもしれない。


冬と二人きりの時にそこにある空気は、彼女を意識すると毒に変わり私をおかしくする。


そんな気がするだけなのかもしれない。


考え過ぎ。意識し過ぎ。


わかっているはずなのに、どうしてもダメなのだ。


感情に毒されて、冬を見つめるだけで彼女を汚していってしまう。


自分が醜くて嫌になる。


きっと湊は、そんな私を誰よりも近くで見ていて、私よりも早く気づいていたのだろう。


湊に言われた言葉が聞こえてくる。


「…わかってる」


彼に反応して微笑む彼女の声が聞こえてくる。


ずっと、それは耳にへばり付いて取れない。


たかが名前を呼んだだけの、あの声。


その声が、どうしてこんなにも心を乱すのだろう。


あんな冬を見たくない。


彼女の表情一つで一喜一憂する自分がいる。


腕の隙間から彼女の方をそっと見ると、彼女はもう窓の外しか見ていなかった。


『そんなに湊が好き?』


頭の中に浮かんかだ疑問に鳥肌が立つ。


耳を劈くように鳴く蝉の声から夏の香りがする。


私は季節の変わり目に、こうして変化していく様々な事に付いて行くのもやっとだ。


それなのに、冬までもが私の元からどんどん離れて行く気がして焦ってしまう。


そう遠くない未来が見える。


そんな瞬間は時が経つにつれて多くなった。


そうしてまた、自分が孤独だとやっと自覚するのだ。


教室の中には同じような人ばかりいるはずなのに、私だけが地底に追いやられたように周りが暗く見えているのだろうか。


冬の目には、私や周りの人たちがどう映っているのだろうか…。


彼女の背中を見つめていると、私の横顔に影が落ちた。


「野咲、さんっ」


上擦った声が僅かに震えている。


体を上げて、私はゆっくりと顔を上げた。


目の前には、先程まで教室の隅に固まって話していたグループの中の男の子が一人いた。


短髪で肌の色がもう既に夏の色に染まっていた。


名前は知らないが、同じクラスの人なのはわかる。


突然声をかけられれば自分はもっと戸惑うのかと思っていたが、他の事に気を取られすぎて目の前のことがどうでもいい事のように思えた。


彼の存在自体、まるで風景の一部のように私の目に映っている。


「なんですか?」


問いかけると、彼の瞳がグルグルと泳ぎ始め、落ち着かないように体を僅かに動かしながらしきりに瞬きを繰り返した。


クラスの人たちがチラチラとこちらの様子見をする。


見られることに慣れていない私は、身を小さくしながら下を向いた。


すると、突然枯れの両手が勢い良く私の机を叩いた。


「夏祭りッ、に、行きませんか?!…俺と」


シン…と静まり返った教室は、一斉に大騒ぎになった。


あちこちから飛び交う声が恐ろしくなり、私はどうすることもできないまま机を見つめていた。


冬は…


そう思い視線を動かした先に、彼女はいなかった。


止まない野次馬からの声に耳を塞ぐと、椅子ごと私の身を細い腕が抱き締めた。


「ダメ。春は私と行くから」


再び沈黙に包まれた教室から、冬の手が私を連れだした。


瞳に溜め込まれた涙が煌めき、映る彼女の姿をより輝かせる。


駆け抜けた廊下の先にある空き教室のドアの前で、私達は足を止めた。


横腹を抑えながら座り込む彼女の隣に私も腰を下ろした。


「はぁっ…‥ホントに?」


上下する胸を抑え、教室での男の子と同じ様な仕草をしながら問いかける。


冬はバッと体を起こして、体育座りをしていた私の膝の上の辺りまで顔を近づけた。


「春は、行きたくないの?私と、夏祭り」


頬がじんわりと熱くなる。


「行きたいに、決まってるっ」


握り締めた彼女の腕が冷たく感じるほど全身の体温が上がっていたのは、主に彼女のせいだ。


それから1時間目の授業が終わるまで、私達は手を繋いだまま夏祭りの予定やその後の夏休みの予定について話し続けた。


絡み合う指がそうあるのが自然であるかよ用に見える。


「りんご飴って食べきれたことないな…」


「じゃあ、半分こする?」


私は、喜びの中に僅かに優越感を感じていた。