日差しが強くなり始め、外では蝉が騒がしく鳴き始めた。


「あぁー…あっつい…」


初夏。


定期試験が終わってから、校内のどこで聞く話題も「夏祭り」だ。


唸りながら机に突っ伏す冬の腕は、日に焼けることなく相変わらず白いままだった。


まだ午前中なのに、窓際の冬の隣に座ると日差しの強さに少し目が眩む。


下敷きで仰いであげると、冬はこちらを向いて目を細めた。


色素の薄い髪が日差しで金髪のように輝く。


指で撫でると、サラリと間を滑り抜けていった。


「髪、切ろうかな」


「えっ、どのくらい?」


「んー…」


冬は教室の中をぐるりと見渡してから、また机に突っ伏した。


言ってみただけ、か。


肩に付くか付かないかくらいまで伸びた冬の髪は、傷んでいるところが見当たらなくて凄く綺麗だ。


風になびかれると首筋がチラリと見えるのが好きだ。


少し髪を弄って首筋を出すと、白く透き通るような肌の色に生唾を飲んだ。


そんな様子を、冬は髪に隠れた瞳からそっと見つめていた。


火照った顔を冷やそうと窓に手を伸ばすと、私の指先に窓枠が当たってきた。


勢い良く入ってきた風は熱く、冬の髪から香るミントの香りと土の香りが鼻をかすめた。


驚いて、思わず両手を顔の前に添える。


窓を開けた腕に雫が煌めく。


走りこみの後なのか、外の水道を使っている同じユニフォームを着た人達が頭に水をかけたりしていた。


「湊?」


さっきまで怠そうに机に突っ伏していたのに、冬がパッと顔を上げた。


また、同じ香りがする。


ミントの香りが仄かに香るその髪に触れていた手が、自分の唇に触れている。


ツン、と鼻が痛くなり、胸が苦しくなった。


香りのせいなのか、彼女のせいなのか。


どちらでもいいから、今ここで泣き出しそうになるのは嫌だ。


冬が眩しい。


それはもう、目を閉じても瞼の裏に染み付いて消えなくなっている。


それと同時に視界に入る彼も又、彼女と同じくらい眩しく見えるのだから不思議だ。


中学から高校へ入学したらだけなのに、彼の変化は著しく、スケッチブックの前半部分に描かれた人物とは別人のようだった。


「春、水筒貸して」


「え?」


湊は窓から土足のまま教室に入ると、私の腕を引いた。


躓きそうになった瞬間、とっさに手を付いた彼の背中はあっさりと私の体重を受け止めてみせた。


塩と、土と、嗅ぎ慣れない鼻につく香りが混ざっている背中に彼が誰なのかわからなくなった気がして体を離した。


私は自分の机の上に置いていた水筒を湊に渡す。


淡いピンク色の水筒は、中身を揺らされて音を鳴らした。


その水音と同時に、私の腕に雫がひとつ落ちてきた。


ジワリと広がり滑り落ちていくそれを見ていると、視界の端で彼の口元が小さく動いた。


「お前、見てて痛々しい。」


それだけ言い残して、彼は水筒を持ったまま窓から外へと飛び出していった。


私は堪えきれなくなり、結局少し泣いてしまった。


「…ぅるさい、バカ」


誰のせいでこんなに心を乱される羽目になっていると思っているのだ。


悔しくて涙が出た。


隠しているつもり、気づいていないつもりでやってきた気持ちは、意図も簡単に彼に見透かされていたのだ。


「大丈夫?」


誰かの声に頷き、私は自分の席で突っ伏したまま顔が上げられなくなった。


冬の視線が静かに注がれているのが、なんとなくわかる。


今はそれが、一番辛かった。