それさえ、まるで関係のない別世界からの音に聞こえる。


何度も、繰り返す。


暖かい彼女の吐息を吸い込む度、冷えきった身体が暖められていく。


硬直していた身体がゆっくりと解れていく。


心が満たされていくのがわかる。


あと2㎝近づけば、特別な場所に触れることができる。


そうわかっていても、私はこのまま動く気にはなれなかった。


望んでいるけれど欲しくない。


瞼を閉じて、開く。


その先には、挑発しているような瞳が私を見下ろしていた。


試されている…気がする。


彼女の瞳が妖しく光を放つ。


全身を支配されていく感覚に思わず身震いをした。


影に飲まれていても、彼女の肌だけは白く発光しているようにぼんやりと浮かび上がり、瞳の引力は一層増して見える。


力なく垂れ下がっていた手には欲が宿り、彼女の腰に回った。


冬は満足そうに微笑むと、より顔を近づけた。


そして、自分の唇を舐めるのと同時に私のそれにも舌を這わせた。


ゆっくりと、確かめるように。


間を埋めた物は彼女の口内へ戻っていった。


その一瞬一瞬をカメラで撮影するように、瞬きで瞳に焼き付けていく。


私も自分の舌で彼女と同じ行動をすると、冬の笑顔は妖艶に微笑む美しい悪魔の顔へと変わった。


濡れた自分の唇の味を残された香りと共に味わう。


混ざり合って身体へ流し込まれていくまで、そのほんの一瞬がとても長かった。


喉がじんわりと熱い。


気温のせいにするには無理がある程、私は汗をかいていた。


沈黙を破る様に、スピーカーから校舎全体へ音が響いた。


始業5分前を知らせるチャイム音を聞いた瞬間、冬の身体をすり抜けて階段を駆け上がった。


階段の先に見えた窓に曇りがかった空から注がれる光を見える。


それに安堵し、進める足を早めた。


(大丈夫、私はまだ、大丈夫…)


そう思わせようとする度、頭の中で自分自身がそれを否定していた。


指を這わせた唇は僅かに湿っていた。