手に入れた気でいた。
冬の心のほんの少しと、彼女の隣、彼女との特別な時間、…友情も。
全てがこんなにも脆く儚いもの。
幻だった様に、容易く消えて泡となる。
私の言葉も、あの二人の前では水の中の泡なのだろう。
口の動きが目に見えることはあっても、耳には届かないものなのだ。
憎いのか、悔しいのか。
二人を見て胸が苦しくなる。
気づいている自分の気持ちをこれ以上自覚させないでほしかった。
冬は私の気持ちを知っていてわざとやっているんだ、とまで考えた。
そんなことはないのは明白でも、苦しくなる度全てを冬のせいにしたくなる。
何も知らずに、当然のように冬の隣にいる湊。
少しずつ私の中で感情が変化していく。
それは私を呑み込み、落としていく。
深く、深く…
それに抗うことさえ私には出来ない。
手を伸ばしたところで、一体誰がいるというのか。
只々苦しくて、感情が自分自身の首を締め始めている。
日の当たる隣の席に手を伸ばす。
そこは彼女の体温よりもずっと暖かかった。
いつの間にか風の温度も変わり始めている。
暖かな世界に包まれて、私の身体は震えていた。
「野咲さん、よかったら一緒にご飯食べない?」
場の空気を明るい声が変えた。
同じ部に所属している人が1人と知らない人が2人私に声をかけてきたのだ。
冬の席に触れている手に視線を注がれていることに気づき、サッと膝の上に置いた。
それを気に留める様子もなく、同意を求めるように3人が近づいてくる。
微笑みかけられているだけのはずなのに、私には有無を言わせない笑顔のように見えた。
「うん」
上がらない口角を補うため、声色だけはできるだけ明るくしてみせた。
机を少しだけ移動させながら冬の席をもう一度見る。
朝掛けてあったお弁当は掛けられていなかった。
細く息を吐いて、机の中にスケッチブックを仕舞いこむ。
左右から、手元に集まっている視線を痛いほど感じた。
「野咲さんて、いつも花宮さんと一緒にいるよね?」
突然彼女の名が出てきて、スケッチブックに触れていた手を引っ込める。
見透かされているような気がした。
視点が定まらない。
落ち着け、落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。
右手首を掴んでいた左手には力がこもっていた。
「え?‥うん」
上擦りながらも返答すると、また同じ顔を向けられた。
他のクラスメイトと話す機会などあまり無く、話さないままでもいいと思っていたから声をかけようとしなかった。
私達は私達だけの空間に籠もれれば、それでよかった。
…私は、か。
「私達、野咲さんと仲良くなりたかったんだけど…花宮さんて、近づき難いというか…」
それも知っている。
人を惹きつける魅力が冬にはある。
彼女の隣でずっと、その視線を敏感に感じていた。
それを嘲笑うかのように横目を向けながら、彼女は一度も情を向けなかったのだ。
そんな彼女が美しい。
彼女が纏うあの空気が彼女の魅力の1つであり、一度吸えば虜にされてしまうのだろう。
こうして平静を装っている今でさえ、彼女がいない空間の空気はいくら吸っても苦しいばかりだ。
「野咲さんと居るときは、花宮さん楽しそうなのにね。」
「二人だけの世界、みたいな?」
ドクン、と心臓が一度だけ大きく脈打った。
「ねー!友達ってゆうより、あれじゃあまるで…」
三人の視線がこちらへ向けられる。
同じ部の人が私に微笑みかけ、机に肘を付けて私の耳元に唇を近づけてきた。

