階段を駆け下りた先に見えたのは、彼女の隣を歩いていた彼の背中だった。
教室へ入った彼女の後ろ姿をそっと見つめてから、彼はこちらや周りなど目に入れもせずに歩いていった。
その背に何故か視線が向いてしまう。
足は教室へ向かっていくのに、視線が彼を追っていた。
「冬?」
それより引力を持った声に私の意識は持って行かれ、視界から学ランが消えた。
黒から白への切り替わりに思わず瞬きをする。
そんな私を、春は不思議そうに私を見ていた。
「前見ないと危ないよ?」
そう言って彼女が床を指さす。
私の足元には、運動部が持ってきたのであろう大きなエナメルバックが置かれていた。
ね?と言わんばかりに彼女が私に微笑んだ。
それを飛び越えて彼女の肩に飛びつくと、彼女の胸に抱えられた物に手が触れた。
黄色と黒の横幅の薄い長方形。
最近、彼よりも春の近くにいる物だ。
この中に、昨日の私が閉じ込められている。
彼女はこれを持ち歩くとき、必ず両手で抱きしめている。
宝物の様に大切にしているのは、言われなくても誰からでも察されることだ。
それでも、私には根拠の無い自身がある。
春にとって特別なものが閉じ込められているこれには、私しか居ないのだと。
わかるのだ。
春にとって、私はきっと特別な存在だと。
手を伸ばせば、彼女の全てが手に入るとすら…思っていた。
「これ、」
春の体が、私を拒絶するまでは。
彼女の胸に抱えられたソレに私が手を伸ばした時、彼女は明らかに私から離れた。
磁力によって跳ね返された様に、彼女と同様に私の体も弾かれた。
太腿に机がぶつかる。
彼女は私を、恐れたような、怒りがこもっているような、そんな瞳で睨むように見つめてきた。
胸が、突き飛ばされたような感覚。
全身が強張った。
ハッと気づいて取り繕われても、今更だ。
「…ごめん、冬」
消え入るような彼女の声は冷水のように私の全身を冷やした。
先生に声をかけられるまで、私は立ち尽くしたまま顔を上げることさえできなかった。
大切な物は簡単に触れさせられない事など当然なのに、ショックを隠せずにいる自分に驚いた。
感情を表に出す、意思表示をする、など、私は人より何十倍も下手なはずなのだ。
やけに人間らしい感情を持った自分を滑稽に感じた。

