三十路バンドギャルの憧憬邪心LOVE Grail

ドライバーの茅野さんに家まで送ってもらう。

始めた頃は、夜の嬢王にでもなってやろうかしら、などと浮ついた気持ちで送迎車の中から窓越しに街を見ていたものだった。


やがて妄想は変な方向へ曲がり、ドルビー・シアターまでアカデミー賞の授賞式へ向かっている大女優の気分になり、いつしかスマホアプリのパズドラに没頭するありきたりな女へと、現実に引き戻されていったのだ。


車は都市を離れ、急な坂道を登り始めた。夏の焼けたアスファルトにぶっかけた水が蒸発するときの湿気た匂いが仄かにするような郊外の古びた住宅街にさしかかる。


これがドルビー・シアター行きの車だと何故思ったのか自分でもわからぬ。

リアガラスにE・YAZAWAのステッカーが貼られた軽自動車が、レッドカーペットまで連れて行ってくれるはずがない。


坂の斜面に建てられた家々は陰気で不気味でもあった。

住まいは六戸建てのハイツ。築三十年だが二度のリフォームが行われ、住むには問題ないファミリー用の3LDKである。田舎だから家賃は安かった。


ブロック塀に囲まれた庭つきで、夏になると草花が生い茂る。

一階の住人用に設置された物干し竿だが、朝も昼も夜も、そこに洗濯物がかかっているのを見たことが一度もなかった。

壁は汚れて黒ずみ、鉄製の外階段は赤いペンキが剥がれて錆が丸見えだった。

インターホンは壊れて押しても渇いた感覚しかせず、しかし中はまずまずキレイなのだ。