――「行きたくないなぁ…。」


私以外誰もいないトイレの洗面台の前で、私はポツリと本音を漏らす。

このまま帰ることができたなら、どんなにラクか。

でも、そんなこと……できるわけないよねー…。


だって、今日は黒王子のスマートフォンを壊してしまった弁償で来ているんだから。

私がどんなに居心地が悪くても、どんなに気分を落としていても、私の内内の感情なんて関係ない。


今日一日だけ、あと数時間、私が耐えに耐えていればいい。

この苦痛な時間が、あと何十時間も続くわけじゃない。

今日を過ぎれば、もうあの人達との関わりもなくなって、いつもどおりの剣道と学校の生活に戻るはず。


河上さんのあの態度も、今日一日だけ。

そう考えたら、重くなっていた心が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

――そうだよね。今日だけなんだから。

そんなに落ち込むことなんてないよね。


無理矢理感はあるけれど、今の現状をポジティブに捉えた私は、よしっとまた大きな独り言を発して、意を決してトイレの出入り口に向かった。


――『おっせぇ。』

「え……っ?」


トイレを出た瞬間、真横からかかった不機嫌な声。

それに反応して顔を右に向けると、そこには壁に背を預けて、私を見下ろしている仏頂面の黒王子がいた。