弾・丸・翔・子

 なのに自分は実際に命を失いかけた。愛するブルースの命と引き換えにその危機から救われたが、今でも亡き骸となり硬直したブルースの姿を想い出すと胸が掻きむしられる。もしこれ以上、自分の命を救うという理由で愛するものを失ったら、そのことだけで自分は生きていけそうにない。だから、翔子には無理して欲しくなかった。
 無意識のうちに、ブルースと同じ位置づけで達也の『愛するもの』の中に翔子が入っていた。

「翔子、どいつだ。」
 男を追っていた翔子の背後から、制服姿の哲平が声を掛けた。
 彼は職務中にもかかわらず翔子の招集に応じた。勝手な持ち場移動。始末書も恐れぬほど、彼も重要参考人の確保に必死だったのだ。翔子は、セルフのガスステーションで給油する男をあごで指し示した。
「うーむ…。」
 顎に手を当てながら、その男を眺めていた哲平だが遠目ではその顔が判断しづらい。
「ちょっくら職質かけてくら。」
「気をつけてよ、哲平。」
 哲平は片手を上げて答えながら、その男に近づいていった。

 証拠も不十分ながら、狩山が30年のキャリアを賭けて、裁判官から強引にとった家宅捜査令状。テロ対策室の捜査は疑しきは罰せずの原則を順守していたら手遅れになる。そんな悠長なことを言っているより、自分のキャリアを賭けてでも大殺戮を防げた方がいい。自分が間違って入れば、懲戒免職になればそれですむのだから。裁判官もいつもがならの狩山の強引な令状請求に苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、結局請求に応じたのは、単に狩山の捜査勘だけではない。ことの重大性を認識したからこそだ。
 本部の捜査官のほとんどが販売記録に記載されている住所に集結した。清閑な一軒家の表と裏を固め、もしもの場合を考え除染隊まで待機させていた。
 ふたりの捜査官が外門をくぐり、玄関ドアのチャイムを鳴らした。何の返事もない。大きな声で名前を呼びながらドアを叩いたが応答がない。
 法令にのっとり自治体の関係者の立会いの下、ドアのロックが壊されて捜査官が室内に入る。昼間だと言うのに、厚くカーテンで遮光されていた室内は、何やら薬品の匂いが漂う漆黒の空気に満ちている。嗅ぎなれぬ匂いが充満する室内に、捜査官は一時たじろいだ。しかし、職務使命を暗誦しながら、勇気を振り絞って室内の奥まで入り込むと室内灯のスイッチを付けた。