弾・丸・翔・子

 翔子が哲平に尋ねる。
「交機の俺に解るわけないだろう。ただ、あまり進展はないという噂は耳にするがな…。」
「まったく…。」
 警察の不甲斐なさを嘆く翔子ではあるが、そのひとりである哲平が居る手前、その愚痴を止め、新たな言葉にきり替えた。
「でも、そんな怖いもの作れる人なんて限られてるんじゃないの。」
「俺にはよくわからん…。」
 翔子と哲平の会話を聞いていた達也が口を挟む。
「あれはもともと第二次世界大戦中にナチスドイツが開発した化学兵器です。レシピは存在するので、ある程度の知識と設備があれば誰でも作れてしまうものなんです。」
 今度は背筋が寒くなったのは翔子の方だった。
「ペケジェー、詳しいんだな。」
 哲平が感心したようにうなずく。
「最初の事件があった時に勉強しましたからね。」
 達也が居あわせた全員に向って話し始めた。
「以前地下鉄で大惨事をおこしたサリンって憶えてますか?」
 達也の問いに全員がうなずく。
「サリンもナチスドイツが開発した化学兵器のひとつでね、別名ジャーマンガス(German gas)って言われている。実はジャーマンガスは、開発されたのにあのヒットラーでさえ躊躇して、戦争にもユダヤ人にも使用されなかった。それがふたつも日本で使用されるなんて、本当に恐ろしいことです。」
「いったいナチスドイツは、いくつの化学兵器を作ったの?」
 呆れて翔子が質問すると、達也が指を折って数えはじめた。
「開発された順にタブン、サリン、ソマン。しかもその順に人を殺す力が強まっているんだ。」
「じゃあ、人を殺す力はサリンよりソマンの方が上なのか?」
「ええ。」
 哲平の問いに、達也がそっけなく答えると、居あわせた全員が黙りこくってしまった。達也がさらに言葉を続ける。
「大惨事を引き起こしたあのサリンですら、大気に30分しか留まれないのに、ソマンはなんと5時間にわたって人間を殺しまくれます。米軍からは、3番目のジャーマンガスとしてGDというコードネームで恐れられ…。」
「ちょっと待て…。」
 哲平が達也の言葉を遮った。
「ペケジェー。今何と言った。」
「えっ…だからサリンは30分しか…。」
「違うよ。その後だよ。」
「ああ、コードネームのこと?」
「そう。」
「ソマンはGDというコードネームで呼ばれてた。」
 哲平は眉間にしわを寄せて必死に記憶を手繰っていた。