弾・丸・翔・子

 哲平は手袋に縫い込んだ小さなワッペンを見つめた。そのワッペンに描かれた『交差する雷に小さな梅』は、彼らが過ごしたヤンチャな青春のシンボルなのだ。
「もちろん行くつもりだ。」
「それならご一緒させてください。」
「翔子には言っておいた方がいいな。」
 翔子とは亡くなった団長の妹である。哲平は誘導灯を振りながら、初めて団長が妹を連れてきた時のことを想い出す。当時女子高生だった彼女が団長のバイクから降りてヘルメットを取った時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。ヘルメットからが飛び出した長く輝いた髪が、埠頭のライトに反射して、眩しさのあまり哲平は眼を見張った。たった3秒で恋に落ちた。しかし、哲平は副団長である自分の立場を決して忘れることなく、団長の妹としての敬意と親愛でずっと接して来た。それは今でも変わらない。
「翔子さんとはライダールームでよく会うんで、言っときますよ。」
「ああ、次郎と同じ会社のライダーだったよな…。」
「ええ…それに、もしよかったら仕事が終わったら久しぶりに飲みません。話したいこともあるし…。」
「なんだよ…。」
「まあ、たいしたことじゃないスけどね。」
「そうか、今夜は夜勤だから、明日はどうだ。」
「わかりました、それじゃ明日の夕方でよろしく。」
 ヘルメットを被り直した次郎は、ベルトをあごで止めながら哲平に付け加えた。
「ところで副長…、未だにスケなしですか?」
 哲平は急に忙しく誘導灯を振りはじめ、次郎の問いが耳に入っていないふりをする。
「いくらまたがっていても、バイクじゃ子どもは産んではくれませんよ。」
「うるせえ。職務の邪魔だ。さっさと移動しろ。」
 哲平は語気を荒めてニヤつく次郎を追いやった。

「…結果、判決では病院側に責任が無いことが認められ、今回の医療事故については全面勝訴となりました。」
 早朝の連絡会議。大会議室では、達也を含む眠そうな15人のドクター達相手に、事務長が必死に議事を進行している。上座には達也の父である病院長。そしてその横に兄の副院長。病院長は、だるそうに議事を聞くドクター達に多少いらついているようだ。特に達也。頬杖をついて今にも閉じそうなまぶたで議事を聞いている彼の姿を見ると、身内だけにそのいらいらも一層つのる。