弾・丸・翔・子

 コッペイは大きくうなずいた。私服ではあるが、哲平は警察官として正式の姿勢で、ベッドに寝ているコッペイに敬礼を捧げた。敬礼とは、相手に敬意を表し、一般的には、組織の下位の者が上位の者に対して行う動作である。勇気を示したコッペイは、敬礼を受けるに値すると哲平は考えていたのだ。
「桐谷さん…。」
 背後からミカが驚きの声が聞こえた。
「あっ、いない時に、勝手に病室に入って申し訳ありません。すぐ失礼しますから…。」
 慌てて病室を出る哲平を、ミカは走って追いかけてきた。
「待ってください、桐谷さん。」
 ミカに掴まれた腕など振り払うのは簡単だが、あまりにも華奢な指なので下手に動かしたら壊してしまいそうだ。哲平は仕方なく動きを止めた。ミカは哲平を逃がすまいと必死で抱きつく。
「桐谷さん…。」
 ああまたこの香りだ。この上品で甘美で清潔な香りは、どうも自分を戸惑わせる。
「もうコッペイには付きまといませんから…安心してください。」
「違うんです。」
 ミカは哲平を抱きしめている事に気付いて慌てて身を離した。
「テッペイのことでお礼を言わなければと思って…。」
「礼?」
「ええ、テッペイが手術を受ける気になったのは、桐谷さんの説得のお陰ですから…。」
「説得?説得なんかしてませんよ。コッペイが自分で受ける気になったんですから。それにコッペイとは男と男のタイマンの付き合いなんですから、お母さんからお礼を言われる筋合いもありません。」
 この頑固な武骨さが、彼から女性を遠ざけている理由だ。少し困った顔をしたミカだが、今日はじっと我慢して言葉を続けた。
「とにかく、お礼に食事でもご馳走させてください。」
「だから、母親の礼は筋違いだと…。」
 哲平の頑固さも度を越している。ミカもついにキレて語気を荒めて言い放つ。
「母親としての礼を受けられないならば、女としての私とデートしてください。それでも嫌ですか!」
 言った方も言われた方もフリーズした。お互いしばらく見あうと、ミカは赤い顔を手で隠して消え入りそうな声で言った。
「断らないでください。恥ずかしいです…。」
「わかりました。正義の味方は女性を困らせません。」
 なんとセンスの無い承諾の返事だ。哲平は我ながら嫌になった。
「桐谷さん、今日非番なんですよね。」
「ええ。」
「では、今夜7時にここで…。」