弾・丸・翔・子

 翔子は、ヘベレケの達也の片腕を取ると、肩に担いで立ち上がらせた。酒飲みの父に慣れている翔子にしてみれば、酔った男の扱いはお手の物だ。しかし、部屋にたどり着いて愕然とした。狭い畳の部屋に綺麗に布団がふたつ並べられて敷かれているのだ。完全に夫婦だと誤解されている。ちゃんと否定しなかった自分も悪いのだが…。いまさら部屋を別にして敷き直せと言うのも迷惑だし、どうやら部屋数もそう多いわけではないようだ…。達也も酔い潰れているし、男として危険はないだろう。翔子は達也を布団に寝かせると、おとなしく隣の布団に潜り込み、部屋の電気を消した。
 しばらく布団の中でじっとしていたが、ツーリングで身体は疲れているはずなのに、頭が冴えて寝つかれない。やはり酔い潰れているとは言え、手を伸ばせばすぐ届く隣に達也が寝息を立てていることが気になっているのだろうか。何度か寝がえりを打って自分を寝かしつけようかと試みたが、それもかなわず、翔子は睡眠を諦めた。布団から抜け出ると、窓を開けて外気にあたることにした。雨音でも聞いていれば、そのうち眠くなるだろう。
 外は明かりひとつない漆黒の闇。ただ屋根と地面を叩く雨音だけが聞こえてくる。闇の奥を眺めていると、視線の先がぼやけて来る。雨音がやがて波の音に聞こえてきた。それは次第に、翔子の鼓膜で増長され、浜辺の波の音から、台風下の高波の音へと変化する。さらに幻聴は留まる事を知らず、ついには街を襲う津波の音に豹変すると、翔子は震えあがって思わず耳を塞いだ。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。焦るが翔子の身体は動かない。しかも溢れる涙と小刻みに震える身体は止めようがなかった。
「大丈夫ですか…翔子さん。」
 闇の向こうから、翔子の身体を包む暖かい声が聞こえてきた。気がつくと、翔子は達也の腕の中に居た。
「何するのよ。」
 翔子が慌てて撥ね退けたので、達也は後頭部を箪笥にぶつけてしまった。
「痛てぇ…。」
 さすがに翔子も悪いことをしたと思って、達也を覗き込む。
「あなたが悪いんでしょ…。」
「なんで?」
「私に触るから…。」
「触るって…翔子さんがそんなところで泣きながら寝てるから…。ちゃんと布団で寝てくださいよ。」
 達也は布団を指し示して翔子に訴えたが、自分の布団の横に翔子の布団があることにようやく気付いた。
「なんでふたつ並べて…。」